今週風邪になってよかった、と言ってみる。
来週、出張だから(苦笑)
ここ一週間ほど睡眠多め仕事少なめに過ごしておりました。いっそ会社側代理人に感染しますように、と邪念を込めて(←ウソ)残業代請求訴訟の準備書面を一つ送り出したのが月曜日、ようやく空咳もなくなってきたのは昨日、水曜日のことです。
相談室から見える東の丘が、いつの間にやら秋らしい色になってきました。
さて、数字をとおして労働紛争をめぐる諸制度の実情をのぞいてみるお話、今日は裁判所のそれを見てみましょう。
データの出所は当事務所、つまり僕と補助者さまが例年この時期に調べている開廷表調査です。調査方針は別のブログの記事に書きました。簡単にいうと『名古屋の地裁・簡裁・高裁の開廷表から、労働関係訴訟とわかる事件名等を毎年一定期間ピックアップしてみた』というもの。
この生データが7年前から251件ありまして、表計算ソフトのデータベース機能をあれこれ使って件数を整理してみます。
そんな本記事で想定する読者は…かなり少ないはずです。具体的には
『裁判手続の利用を視野においた労働相談を行う方』(そんな読者いないって?)
では。まず件数の推移。直近3年では簡裁横ばい、地裁減少、のようです。
以下は10月の調査で発見できた件数ですが、平成27年だけ調査期間2週間、26・28年は1ヶ月です。27年の件数をおおざっぱに二倍していただければ傾向が見えるでしょうか。
_____簡裁 地裁
- 26年 9件 24件
- 27年 6件 11件 (調査期間2週間)
- 28年 9件 16件
決して小さな裁判所ではない名古屋簡裁でも一ヶ月に労働関係訴訟が10件ない、ただこの傾向は変わってない、と認識しておけばよさそうです。地裁の減少は気になりますね。
事件名を読む限り、簡裁では特定の類型の事件が増えた・減ったということではないようです。
数年まえの士業向けコンサル業者のセミナーで見かけた残業代バブル(笑)はどこへ行ったでしょうか?
少なくとも残業代のみを請求しているとわかる事件名はここ3年で簡裁は0件、地裁は7件。件数の推移は
- 26年 5件
- 27年 1件(調査期間2週間)
- 28年 1件
…残業代バブルは、無かったのです。少なくとも名古屋では。
ここ数年で生えてきた『残業代請求専門』の同業者事務所を僕がこのブログで笑いのネタとしてしか扱わないのは、連中が上記の通り事件数の傾向とは関係なく、単にまとまった請求が立ちそうな分野だけ切り出したいのが見え見えだから、です。まさに過払いのときとおなじ、ということで。
どんな事件が多く係属しているか、その関心は高いはずですが、地裁・高裁でその調査は困難です。
訴訟代理人が複数の請求をまとめたうえで事件名として一番主になりそうなものをつけてしまうため、事件名のみで集計したこの調査は『主な事件の類型』でしかありません。そう思ってください。
ここからは、過去7年分のデータを使います。
事件名からみる主な類型 簡裁(全56件)
- 賃金または給料 45件
- 解雇予告手当 7件
- 残業代 2件
簡裁での労働事件は8割方が賃金請求だ、と考えればよいでしょう。
したがって、実務家としてはこの分野がわかれば簡裁労働事件は8割方対処できる、と
(↑会社側準備書面によくある詭弁です!)
賃金請求については、簡裁備え付けの定型訴状の事件名とおなじ『未払賃金』が31件あります。定型訴状の利用が相当数あると推測します。
上記の結果は、訴額が少ないという理由だけで残業代請求訴訟を簡裁に持ち込みたくないよな、という思惑を裏付けるものでもあります。残業代に限らず、労働関係で変わった分野・非定型的な請求の訴訟を簡裁に持ち込むのは避けたいな、と。
裁判官側の経験にも注目すれば、そう言わざるをえません。ただし地方の独立簡裁で、最寄りの地裁支部から填補されてくる裁判官が簡裁にいるような場合には逆に安心だったりします。
事件名からみる主な類型 地裁(全134件)
- 地位確認 39件
- 賃金または給料 27件
- 残業代 22件
- 退職金 7件
- 解雇予告手当 3件
- 解雇を除く懲戒処分の無効確認 3件
- 損害賠償 26件
3割強が地位確認=解雇や雇い止めの無効を主張するもの、あとは賃金・残業代・損害賠償が20%程度を占めている、ということなのですが、なぜか残業代だけがここ2年間で減っています。
一部の事件類型で重複が生じています。このほか5件、企業側原告、労働側被告とするものがありました。
本人訴訟
地裁・高裁では代理人の有無がわかります。代理人欄に記載がないものを本人訴訟と考えてみましょう。
地裁本人訴訟(全134件)
- 原告が労働者側で、代理人がいないもの 21件
- 被告が使用者側で、代理人がいないもの 26件
少々意外な印象を受けたのですが、労働者側が訴えを起こし使用者側が受けて立つ労働訴訟では、使用者側に代理人がつかないものが労働者側より少し多いようです。
高裁本人訴訟(全44件)
_______________労働者側 使用者側
- 控訴人で代理人がいないもの 8件 1件
- 被控訴人で代理人がいないもの 1件 3件
地裁の、つまり第一審での割合でそのまま上がってきているわけではありません。
控訴人=つまり地裁の判決に不服がある、はっきり言ってしまえば負けた側で労働側本人訴訟が顕著に多い、と読むなら当事務所のような本人訴訟支援型の事務所には好ましいデータではない、ということになるのですが…
もう一つ、別の読み方があります。
事件名からしてあきらかに妙ちきりんな、当然ながら代理人がついていない訴訟、というのを地裁でちょくちょく見かけます。
こういう請求をかける人は、たいていの場合実務家の助言をきかなかったり解任したりして孤立状態で本人訴訟を進め、和解もできず、順当に敗北します。
その敗北を認められずに控訴してさらに負ける人、というのも傍聴で見かけるものでして、こうした『ダメな集団』も高裁での観測結果に混じっていると僕は推測します。
地裁本人訴訟の原告でご自分の正しさを確信してらっしゃるような方にはちょっと気をつけて読んでほしいデータですが、そういう人はだいたいこんな細かい検討なんかしません(笑)
ひょっとしたら、第一審の使用者被告側で本人訴訟が多く見えるのは、企業が破綻しているなどで欠席判決が出る訴訟があるからかもしれません。
このデータはちょっとショッキングではありますが、これを根拠にして労働者側が上手に負けを認められず経営側がいくらかましだ、とは言い切れないとは思います。立場上、そう思いたいです。
…あ、でも。
僕のところの本人訴訟は上記のデータと全然違うので、それを売りにしてみるとか(笑)
冗談はさておいて。もう一つ不思議なデータがあります。『損害賠償請求』訴訟の行方、とでもいうべきでしょうか。
地裁の労働訴訟でこの名前の訴訟は、労災での安全配慮義務違反や最近ではパワハラ等の慰謝料の請求など、さまざまな非定型的な請求を含むものです。この件数なんですが
『損害賠償請求』を含む訴訟の件数
- 地裁 26件(うち、損害賠償 24件)
- 高裁 4件(うち、損害賠償 1件)
カッコ内に入れたのは、正しく『損害賠償請求』だけが事件名であるもの。損害賠償請求等、とか、地位確認および損害賠償請求とするようなものは地裁2件高裁3件あったと考えてください。
地裁では2割程度を占める類型であるはずの『損害賠償請求』事件が控訴される件数・割合が妙に少ないように思えます。
判決に納得して終わったのか和解で押しつぶされて消えたのか、それは推測すらできませんがこの類型の労働訴訟では控訴される実情が顕著に少ない、ということは覚えておいていいかもしれません。
2020.12.12修正
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