閉架式の国会図書館にも数年がかりで慣れてきて、名古屋市の図書館でも資料を『まず検索して、取り寄せてみる』ことを繰り返すようになってきました。オンラインで検索して予約し、最寄りの図書館で借り出し、モノによっては借りた1分後に返す(笑)と。
そんな流れで入手した本が2冊あります。テーマは『代筆』です。
上は行政書士さんが書いた本。この方、誰かから誰かに送る『手紙』の代筆を業務とするのだそうです。
参考になることはなかったのですが、自分のサービスを高く売るための文章は書ける著者だ、ということはわかりました。
下は上記の行政書士さんがこれを読んで手紙代筆業務に携わることを決めた、という小説。(両者のレビューを読み比べると、どこか笑えてきますのでお試しください。下の本に触発されて上の本ができてしまったことは、悲劇なのかもしれません)
下の本はあくまで小説ですが、気になるくだりがありました。
売れない小説家でありながら生活のために手紙を代筆する主人公、依頼のなかには成功がおぼつかないものがあります。
そんなとき彼は「自信がないから」成功報酬制を採用するのです。成果が挙がったら報酬を払って欲しい、という条件を設定して受託する、そんな情景が複数出てきます。
行政書士でも司法書士でもないあの士業の残業代請求代理では、これと真逆な発想が一般化しています。『自信があるから』完全成功報酬制をとるのだ、と彼らはこぞって言うのです。
ほかにも相続税還付や商標登録や助成金請求・探偵業なんかで『自信があるから』成功報酬制を取ると豪語するウェブサイトはあれこれ出てきます。
一方で自信がないから成功報酬制を採用すると言うウェブサイトはいまのところ発見できませんでした。
ただ、僕はこの『自信がないから』成功報酬制を採用する、という考え方にシンパシーを感じるのです。当事務所が注力する労働紛争労働側の少額請求、という分野は一年単位で区切って集団でみれば勝ち負けの傾向がほぼ一定ですが、個別の事案では『絶対確実に回収できる』と言えるものはありません。
相手が会社なら破産申立すればよく、個人なら自殺して遺族が全員相続放棄すれば相手は確実にこちらの作戦行動をストップさせられる=ミッションキルを実現できる手段を企業側だけが持っている、労働側からの労働債権回収はそうした戦いですから。
そうしたわけで僕としては『集団としてはだいたい勝てるが個別の案件でみた場合常に自信がない』と考え、だいたいの場合それを口にしてはただでさえ多くない依頼人をさらに減らしているところです(苦笑)
この考え方を採った場合は将来得られる結果はあくまで未定(だって、受託側には自信がないわけですから)と考えて、依頼人とはリスクとリターンをを分け合うのが成功報酬制の本質、ということになります。
では自信があるから完全成功報酬制、という人はどう考えているのでしょう?
保険会社が加害側についている交通事故被害者側での受任のように鉄壁の支払能力をもった存在を相手取るなら、これは単に報酬の後払い、とみていい気がします。回収可能性という点まで含めて、結果はまさに見えきってるわけですから。
残業代請求ではどうでしょう?
回収可能性、という点では相手取る会社が大きいほど上記の(受任者には)理想的な状態に近づきます。
ただ、受任に際しておこなう個別の勝敗予測という点では案件ごとに相当なばらつきがでてきます。この部分でも『自信がある』といい、実際にそうなら依頼人には結構なことなのかもしれません。
…少なくとも、受任してもらえた人には。
逆に自信があるから完全成功報酬制と標榜する場合、勝って回収するまでの自信がない場合は(売り上げが発生しないので)受任しない、ということになるはずです。つまり、勝敗や相手の支払能力は未定だがとにかく仕掛けてみる、という戦術方針は、そうした事務所では受け入れてもらえません。
というより、自信がある=勝敗も回収可能性も見切れると標榜しながら完全成功報酬制を取るということは『稼げない事案は受けない』と言っているのとほぼおなじ、ということになります。
この延長として、勝って回収できる自信があってもその結果として予測可能な(だって、自信があるわけですから!)売り上げが低いことが見えきってる少額事案は当然のように門前払いになるわけで、実は完全成功報酬制で士業の利用の敷居が下がるわけではないように思えます。
正確には『儲かる部分での競争激化と儲からない部分のサービス利用の困難化』が起きるだけ。開業時に地元商店街を壊滅させ廃業後に買い物弱者を作り出す田舎のショッピングモールのようです。
さてそうすると、勝ち負けと回収可能性、すなわち売り上げを自信をもって見切り、儲かる案件だけ受けるのが『自信があるから完全成功報酬制』を標榜する残業代サービスの本質だとすれば、次のことも考えられます。
- もし受任後に『どうやら負けそう』とわかってしまったものは直ちに手抜きする
- もう少し回収額を上積みできるにもかかわらずそのために多量な努力を必要とする場合、これをしない
つまるところ、受任前に自信をもって成果を=すなわち売り上げを(←何度でも強調しますが、事務所の売り上げを)見切れる場合、受任後に投じる労力を最少にするインセンティブが働きます。
だって売り上げが自信をもって予測できているわけですから、これから投じる労力や費用を抑えなければ利益が増やせない、ということに当然なります。思えば過払い金返還請求がバブル化していたころから、事務所によってはこんな感じではありましたが。
つまり自信があるから完全成功報酬制を標榜する条件下においては、実は受任側がある程度(または、どこかの局面で)手抜きに転じたり依頼人を裏切ってさっさと和解したりするのが経営上好ましい(笑)ということになってしまうように思えました。
あるいは、そうした手抜きをせずとも利益がでる料率を設定しておく、とか。
つまり『自信があるから報酬は後払いにし、高く取る。それが完全成功報酬制です』と。
冗談のような話ですが、残業代請求で昔の報酬額基準に準拠する事務所と完全成功報酬制を取る事務所の報酬額合計、特に通常訴訟を利用した場合のそれを比べるとこのように言わざるを得ません。
朝三暮四という故事成語を思い起こしますが、それより悪い気がします。
これに対して受託後の結果に自信がないから成功報酬制を取る事業主体だと、見切れた結果=売り上げに対して突っ込む費用を最小化させる、という方針が採りにくいことになります。
なにしろ、何をどうやったら勝てるのかは受託した側にもまだ見えないわけですから、これはある程度努力せざるを得ません。
ただ、これは受託側に相当過酷ではあります。それこそ小説に出てくる、アメリカの大都市の片隅にあるつぶれかけの法律事務所の世界になりかねません。訴訟費用を法律事務所が借金して立て替えてやり、大企業相手に戦い抜いて勝てばレインメーカー、負ければ破産、そうした世界。
完全成功報酬制もここまで過激になればなるほど士業の利用の敷居を下げる(そして、受任側の手抜きを困難にする)とは思いますが、現状ではどこかうさんくさいものとして『自信があるから完全成功報酬制』という事務所を眺めています。
ここまで考えると書いてみたくなりますね。
当事務所では『自信がないから』成功報酬制を導入しました、と。
この三連休は食材の低温蒸しをテストしながら裁判書類を作って過ごしました。月初に受託した1件がほぼ完成、今週から2件目がスタート、といったところです。いずれも労働紛争労働側ですが、一部に成功報酬類似のシステムを導入して依頼費用の上限を設定しています。
…自信?聞かないでください(逆ギレ)
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