使ってはならず使ってもいない残業代計算ソフトに発見してしまった不具合
先週まで、裁判書類作成の仕事で大層忙しくしておりました。今月出荷した新件は訴状3件(原告14名)債権差押命令申立書1件。
人間が忙しいのはよくあることですが今回はレーザプリンタがオーバーヒートして印刷速度を落とすところを数年ぶりに見ました。決して家庭用ではないはずの沖電気 C332dnwはカラー印刷毎分26ページの印刷能力を標榜しているのですが、500枚ほど刷ったあたりで休憩が好きになりさらに500枚刷ったあたりで仕事がイヤになるようなのです。最終的な出力枚数は毎分2枚ほどになりました。
この状況を、3時間待たせているお客さまがいる21時を過ぎた事務所で発生させたくないものだ、とは思います。
そんな素敵な5月に僕の自由時間を何時間か余分に奪っていった弁護士さんの話しが今日の記事。表題の件です。
ある法律事務所が残業代計算用のワークシートを公開しています。
大変重要なことですが、僕は使っていません。
どうやらデファクトスタンダードを目指しているらしいそのワークシート、公開している法律事務所によれば以下のような使用許諾契約、というより使用制限が出ています。
- 労働者側で活動する弁護士は利用できる
- 自分で計算したい労働者も利用できる
- 出力結果を持ち込まれた裁判所や会社側弁護士も、利用できる
- 弁護士以外の士業は利用を禁止し、利用が発覚した場合は10万円の支払を求める
ここまで書けば言っていいかと思うのです。
僕は労働紛争労働側で活動していますが、左翼の弁護士が嫌いです。
前衛革新護憲人権派、そういう人よりビジネス優先な方々のほうが、よほど日本語が通じて信頼に足る、と思っています。
さらに付け加えると、労働者側で会社相手に訴訟を起こすと数年に一回は労働弁護団に名を連ねておられる代理人が会社側に就くのを見るのです。
なんたる理不尽(苦笑)
※おそらく民主商工会経由で紹介されたりする流れがあるんだろう、とは思っています
そんな使用制限付き=というより使用不能ソフトがありまして。少なくとも残業代計算の世界は、むかしなつかし過払金返還請求の頃と違って弁護士さんが作ったワークシートが他士業に開放される、などということはない、この界隈にはクレサラ対協に相当するような士業間団体もない、単に左翼の弁護士と組合員の生活より政治的主張や相互批判にご興味がある労働組合、あとは僕が好きな非政治的労働組合とバラバラな労働者がいるだけだ、と慨嘆してお話しを続けます。
今月は、そんな使用不能ソフトに勤怠データを入力して持ってきた依頼人がいたのです(゚◇゚)ガーン
守秘義務がありますので、いったいどんな不幸な巡り合わせでそうなったのかの説明は行いません。少なくとも僕がそんなソフトの使用を推奨したことは一切ありません。
とはいえ結構な期間ぶんの勤怠入力が依頼人の手によって済んでいる(ように見える)、という状況は僕にとってちょっと嬉しい…ように見えたのです。
後にして思えば、地雷原の上に綺麗なお花畑が広がっているようなものだったのですが。
上記の使用禁止規定をよく読んで、当事務所と依頼人との業務委託契約に特約を追加します。
- 僕はその使用不能ソフトを使用しない。依頼人が入力しPDFに出力した結果から請求金額を読み取ったり、PDFを訴状に編綴することはおこなう。
- そのようにはするが、万が一僕が上記の使用不許可規定にひっかかって当該使用不能ソフトの知的財産権を有する弁護士から損害賠償請求を受けた場合、僕は当該弁護士に対し、賠償請求に応じる。そして直ちに、労働者たる依頼人に求償請求する。
…恨むならその使用不能ソフトを作った弁護士を恨んでくれ(どうやらその人も労働者側らしいけどな)、という特約をしっかりと締結して、入力結果の検討に入ります。
この検討作業はワークシートでなく、PDFで送られてくるわけですからこの使用不能ソフトを使用していることにはなりません。
で、記事の本題。以下のような勤務条件・実績があるとしましょう。
- 所定休日 毎週土・日曜、祝日
- 所定労働時間 1日8時間
※1ヶ月の所定労働時間はカレンダーに従い変動する。変形労働時間制の定めは無し - 賃金形態 月給制。月額20万円
ある週の勤務実績
- 日曜日 6時間(所定休日に6時間出勤した)
- 月曜日 8時間
- 火曜日 8時間
- 水曜日 5時間(残り3時間は有給休暇取得扱い。賃金控除無し)
- 木曜日 8時間
- 金曜日 10時間(2時間残業した)
- 土曜日 休日
この事業場では1週間は日曜日から始まる想定にしておきます。当ブログにごく少数いらっしゃる社会保険労務士の読者さんには、上記のアンダーラインを引いた2箇所、6時間+2時間に対しては普段の月給のほか、なんらか賃金を増加させて支払うべきだ、ということは一瞬でご理解いただけるはずです。僕もそう思っています。
ところが。
この使用不能ソフトは上記の週について、
- 日曜日 法内残業 6時間
- 金曜日 週40時間超過による法外残業時間 5時間
と表示し、通常の労働時間の賃金6時間に加えて5時間の時間外労働割増賃金を未払い金に計上するのです。
合計で、11時間ぶんを超える賃金を。
…所定外の労働時間はどうみたって6+2=8時間なのに(゚◇゚)ガーン
労働者保護もそこまでやりゃ行き過ぎだよ、と思えます。何かが、絶対に間違っているのです。
実は最初、依頼人の入力も間違っていました。そのときのデータもPDFで来ています。
この使用不能ソフト、法定休日を定義できる(ある労働日に数字の 1 を入力すると法定休日フラグが立つ)のです。
ただし法定休日が適切に定義できているか否かの判定はしない、ということも社労士が見ればわかります。
上記の勤務時間分布ですと歴週内の他の曜日=土曜日に休日が取れています。
一週間全部において出勤させたという法定休日労働の発生要件には該当しません。
ですが、上記の勤務時間分布でも日曜日に休日出勤フラグを立ててしまうと、土曜日に休めているのに日曜日の6時間の労働を法定休日労働と認識し、1.35倍の休日労働割増賃金を計上するのです。この使用不能ソフトは。
…過払い金返還請求、という言葉が脳裏をよぎります。
あれは会社が労働者に仕掛ける訴訟でしたっけ(苦笑)
それに、労働者(労働者から法律相談を受けた誰か、かもしれませんが)が誤って日曜日に休日出勤フラグを立てた場合のこのソフトの挙動は
- 日曜日 休日労働6時間
- 金曜日 1日8時間超過による法外残業2時間
合計で8時間が契約所定外の労働と認識し、時間数については正気を取り戻すのです。さっきは11時間とか言ってたじゃん(苦笑)
ここに至ってこの使用不能ソフトの設定が何か間違ってるんだ=原作者が悪い、ということは立証しきれる状況に達しました。
ただこの使用不能ソフト、数式を入れたセルがことごとく保護されていて編集できないのです。
ところでこの使用不能ソフト、僕の記憶では労働審判制度が始まったころ=十数年前から存在していたはずです。
現在のバージョンは4.0、弁護士じゃない士業は使ったら金10万円取るけど裁判所では使ってほしいな♪みたいな文章もここ十年以上、ずっと同じように掲げてあります。
つまり。
このソフトに知的財産権を有する労働側弁護士とその周囲にいる労働側弁護士とさらにその周りで残業代請求に巻き込まれた会社側弁護士とそのあおりを食らって訴訟や労働審判で計算結果を持ち込まれた裁判所(!)は、
このバグに気づいていないのか。誰も何も言わぬのか(゚◇゚)ガーン
気を取り直して考えます。なにしろ僕はこのソフトを使ってはいけません。
依頼人たる労働者は使用できますが、このバグへの対処能力を持ちません。
ではありますがこの案件、僕が訴状を作りますと、ちょっと大きめな地裁本庁に持ち込まれることになります。
ですので。
所定外労働時間数未払い賃金額はそれぞれ過大な計上のまま、にしました。
そのうえで、過大に計上された時間数と金額を別に(電卓で!)計算し、便宜上の措置と断ったうえで、既払い金の欄に計上するよう依頼人を指導しました。これで請求金額は適正になります。
さらにそのうえで。
「ソフトが間違ってるのでやむを得ずそうしました♪」という意味の文章を訴状に書き加えることは、この使用不能ソフトを使用しない代書人である僕にも可能なので、そのようにいたしました。
別にこのソフトが間違ってることを裁判所で強調したいわけでは毛頭ないのですが実務上やむを得ずそうした、ということにしておきます。
ちなみに、上記の労働時間分布で勤務があった場合の正解は
1.所定就労日たる月~金曜日、所定労働時間内の労働時間は計37時間
2.金曜日の残業2時間は、1日8時間を超えているのでこれは順当に時間外労働に該当
3.そうすると、契約上は勤務を要しない日曜日に6時間就労したうちの3時間は、割増賃金を払う理由がない。40時間-37時間=3時間だけ、時間外労働に該当しない時間数が、この週には残っているから。したがって割増率1.0=通常の労働時間の賃金3時間ぶんを、法内残業に対する賃金として支払う
4.6時間のうち残り3時間は、週40時間を超過することによる時間外労働に該当する。
以上の検討からこの週の超過労働合計8時間に対しては、割増率1.0の賃金を3時間分、割増率1.25の時間外労働割増賃金を5時間分、払えばよいということになります。
いえ、ならなければダメです(苦笑)
もし11時間ぶんの賃金請求したい、なぜなら弁護士が作ったソフトでそうなってるからだ、などと世を舐めた主張を展開する労働者が現れたら僕でも会社側に就いて労働者側の請求を粉砕すべく立ち上がるでありましょう(アジテーター風にいうとこういう表現になるのでしょうか)。
まぁその程度には間違った計算結果だ、と考えました。
どうして上記の使用不能ソフトのような間違いが発生するか、わかるといえばわかるのです。
このソフトは時間外労働の時間数に対して割増賃金を計算するとき、把握した時間数に対して常に1.25倍を掛ける、という操作しかできません。結果として、ある週で法内残業が先に発生してから別の日に週40時間超えの時間外労働が発生すると適切な処理ができなくなります。
思わず笑ってしまったのですが、上記の勤務時間分布でもし日曜日の出勤がなく、土曜日に6時間の所定休日出勤をした場合には、正しく時間外労働時間数を算定してくるのです。この使用不能ソフトは。
結局のところ、週の後半に週40時間超えが理由の時間外労働が発生するときの処理が未熟なのです。Ver.4にもなって。
一方で、僕が自作しているワークシートでは時間外労働に該当する時間数について、0.25倍した賃金を加えるが1.0倍の部分はすでに支払が済んでいるかどうかを別途判定する、ということにしてあるのです。
※週40時間超の処理のほか、歩合給が時間外労働割増賃金に影響する事案を扱う場合はこの考え方=すでに通常の労働時間の賃金が払われたかもしれない、という考え方が絶対に必要になります
これは邪推ですがこの使用不能ソフトの作者と所属事務所、歩合給から時間外労働割増賃金を計算するような事件をまともに扱ったことが…というのは邪推でも危険な気がするので言いません。
まぁこのような地雷原に踏み込みまして、ブログのネタと引き換えに無駄な忙しさを増加させていたところだったのです。
というわけで、結論。
僕は残業代の計算に際して、今後もこの使用不能ソフトを使いません。使う気も使う必要もないから。
ですが、ひょっとして。
このソフトの使用禁止規定を無視してこっそり(または、お気楽に)使っておられるご同業の方がおられたら…
センセイの実務は過大な残業代請求を発生させているかもしれません、と申し上げて記事本文を終わります。
重たい仕事が終わったところで、もう6月です。振り返れば5月は泊まりの出張もできませんでした。
6月の出張は6月3・4日、東京です。3日はもう出張相談が入りましたが、4日については余力があります。
対応可能分野は労働者側での正確な残業代計算、または過大な残業代請求を受けてしまった企業側での対抗的検討、その他民事家事関係裁判書類作成全般、あとはあってほしいがまずない相続登記、といったところです。それぞれご興味のある方はウェブサイト備え付けの送信フォームからお問い合わせください。

















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