事例紹介:少額で利用可能な遺産分割調停について(申立書類作成)
お客さまの許可を得て、遺産分割調停の申し立て事例を紹介します。
特徴は、課税価格が高くない(本事例では評価額100万円未満)不動産について、本人申立てにより比較的安価に所期の成果を達成したことにあります。本事例では相続人の一人と合意に至らずに遺産分割協議が頓挫していましたが、当事務所で受託後は任意での交渉から調停手続きの利用に方針変更しました。
結果、申立人が調停の期日に(家庭裁判所に)出頭したのは一回で済み、申立人が無償で目的不動産を取得する審判を得ることができました。
遺産分割調停の申し立て対象としたのは宅地ですが、評価額の高くない林地やその共有持分の相続未登記問題解消についても応用可能な事例だと考えます。
以下、説明には事実から若干の改変を加えました。改変箇所には下線を付しています。
第1 相談概要(受託1ヶ月目)
初回の相談で、概ね以下の説明がありました。
○親族関係
- 依頼人Xは甲県の某町に実家があったが、現在は別の乙県に居住している
- 甲県某町所在の本件土地は、依頼人の祖父Aが登記上の所有者である
- 祖父Aは50年以上前に死亡。依頼人の父Bもその後死亡した。
- 祖父Aの子はBのほかにCがいたが、死亡。BCともに子がいるため数次相続が発生。
- Bの子は依頼人Xのほか、d・e・f・gの計5名。Cの子はi・h・Yの3名。合わせて8名が祖父Aの法定相続人である。
- 本件ではC側の家族に交渉を阻害する者Y'(法定相続人Yの関係者)がおり、相続登記に必要な遺産分割協議が成立しない。ここ数年はYと意思疎通すらできていない。
- 依頼人は最初に依頼した地元司法書士と複数回現地に行って打ち合わせなどしたが、手続きは進行せずここ数年はその司法書士から連絡もない
※ここだけいつもの表現を用います。本件は裁判書類を作らないヘタレが放り出した事案だ、という点に僕のやる気の割増要素がありました
○不動産の状況
- 本件土地の固定資産税の納税は、A死亡後はB、その死亡後はXがしている。
- 数年前までは本件土地上に建物があったが、父B死亡後は空き家になった。
- その後、老朽化のため建物の解体または修理の要請(強制力なし)が某町役場からあった。
- このためBの子たち(Xの兄弟)5名が費用を出し合って建物のみ解体。解体費用130万円。
- 建物もAの所有だったが解体に際してC側相続人からの同意はとっていない。遺産分割協議に際して、この経緯は問題にはなっていなかった。
- Aには本件土地のほかに、遺産はない模様。
- 本件土地には買受け希望者がいる。希望価格70万円で、固定資産税の評価額とほぼ同じ。
○依頼人の意向
- 祖父Aの全法定相続人の客観的状況として、この土地を相続したい者はいない。
- このため、いったん自分(依頼人X)を所有者とする相続登記を実現してから、買い受け希望者がいるうちに売却したい。
- この土地が売却できればC側親族に建物解体の費用負担を求めるつもりはない。
●僕の判断(内心)
Y家族をどうにかしてしまえばよい。したがって家事調停の一択。
- 言動から察するに、YとY’は調停手続を利用して隔離すれば無力化できる。また、単純な相続分と不動産の市場価値からすれば相続人一人あたりの価格は10万円台にとどまる。
- ゆえに相手方での弁護士代理人の選任は当然ありえない。司法書士への依頼も厳しい。少なくともコストパフォーマンスでみる限り、士業による反撃の可能性は無視してよい。
- 依頼人の説明は調停申立書に記載すべき事項を十分網羅しており、僕は単に書類を整序すればよい、ということにできる。
- 遺産分割調停の結果得られる最悪の結論は、家屋解体費用を無視して土地売却後の売却金分配または代償金支払いを命じる審判である。
- しかし、もしYが本気でこれら金員の支払いを求めてくるようなら、支払督促かなにかで家屋解体費用を請求してしまえばよい。
- この請求は手持ちの簡裁代理権で対応可能。Yへの対応にはなんの問題もない。
まぁ、C側があまりゴネるならB側陣営が全員結託してC側に不動産と納税義務をまるごと押しつけて逃げる、という戦術も一応ある(僕の内心です。説明はしていません)
○僕の相談(外見)
- 任意での交渉を経て遺産分割協議を成立させるのは一般的なことであり、従前依頼していた司法書士さんもそれを試みられたようですが、お話を聞く限り今後も交渉成立の可能性は薄いようです。
- このように遺産分割調停がちょっとした理由で成立しない場合にも家庭裁判所での遺産分割調停が利用でき、当事務所でも代理はできませんが申立書類を作成することはできます。
- 実費と申立費用は皆さまがお考えほど高くはありません。
- また、お客さまが私にお話いただいている発言内容からして、代理人なしで調停を申し立てても調停委員との会話に困ることもないかと思います…
- ですので気が向いたら、そうした書類作成のご依頼をご検討ください。
等の助言をおこなった。
その後、家庭裁判所に提出する遺産分割調停申立書作成および添付書類収集を受託した。
第2 申立書の作成(受託2ヶ月目)
土地が売れれば家屋解体費用は相手に請求しなくてよい、という依頼人の説明を整序することを基本方針とした。
このため、(少々強引かもしれないが)家屋解体の経緯と費用に関する説明を追加し、さらに依頼人から聞いた意向を申立人が希望する調停条項として整序したところ、後記の申立書文案が依頼人に採用された。
本申立書による遺産分割調停申立で実現可能な最良の結論は、申立人が代償金の支払いを要することなく=無償で本件土地を取得してしまうことにある。
ただ、土地上の家屋の解体は一部の法定相続人の承諾なくおこなった相続財産の処分という面を持つ。このため申立書案では『町から行政指導を受けたので』建物を解体した、という説明をした。
注:この部分は、単に建物が老朽化しただけだったり建物の名目上の価値が大きい場合に難しい問題になります。相続人の一部の同意があるから勝手に家を壊していい、とは考えません。
以下、関係者の氏名や遺産目録など定型的な部分は省略して『申立ての実情』のみ掲載します。■はチェックした欄、□はチェックしなかった欄を示します。『その他』という項目はないのですが、追加するのは申立人の自由、ということになっていると考えてください。
遺産分割調停申立書文案(申立ての実情)
1 遺産の範囲
□申立人主張の遺産の範囲は遺産目録記載のとおり
■その他 (遺産目録土地上に家屋があったが、解体した。詳細は後記の通り)
2 遺言書の有無
■ない
3 遺産の使用・管理状況
■ 不動産
現在は誰も使用しておらず、更地である。
4 当事者間における分割協議の有無
協議をした(3~4回)
協議がまとまらなかった経過は次のとおり
相手方Y以外の各相続人とは、申立人が本件土地を相続する旨の調整ができた。Yにも同様の申し入れを電話・手紙で試みたが、Yの孫であるY’が介入するため本人と直接交渉ができない。
5 遺産分割方法について
■ 自分の希望は次のとおり
遺産目録番号(1の土地 )を取得したい。
詳細は後記の通り
■ 相手方の希望は次のとおり
相手方Yの希望は不明であるが、遺産目録記載の土地を取得したいという意向は示されていない。
6 特別受益・寄与分の主張について
(1) 特別受益の主張をする考えが
ない
(2) 寄与分の主張 をする考えが
ない
7 相手方について
(1) 相手方は本件申立てがなされることを
知らない
(2) 相手方が代理人に弁護士を選任しているか,またはその見込み
不明
8 その他
(1) 申立人と被相続人の関係
被相続人Aは、申立人の祖父である。
被相続人の子3人は全員、すでに死亡した。
長男○○には子がない。
長女Cには3人の子がいる。長女がY、長男である亡●●の代襲相続人がh、次男がiである。
二男Bには5人の子がおり、いずれも生存している。
申立人は亡Bの長男である。B夫妻が本件土地上の家屋に住んでいたこともあり、現在は本件土地の固定資産税の納税義務者の地位にある。本申立ての遺産分割に際して、亡Cの相続人である相手方Yとの協議が成立せず、本申立てに至った。
(2)主たる相手方について
相手方Yは、被相続人の長女(亡C)の長女である。
申立人は本件遺産分割について、亡Bの相続人5名の意向をとりまとめたうえで平成27年から28年にかけて、相手方Yに遺産分割に関する協議を申し入れた。
しかし、その都度Yの孫であるY’が介入し、被相続人には他に遺産があるはずだとか、Yが精神的に疲弊しており交渉ができないなどと回答し、Yに対する直接の連絡を妨げている。
このため申立人は遅くとも平成28年以降現在まで、Yと手紙・電話・面談等による交渉ができていない。
(3)被相続人の遺産について
本申立書に記載した土地以外に、被相続人の遺産は存在しない。
少なくとも、申立人は把握していない。調査の経緯は以下のとおりである。
申立人には某町役場から毎年、本件土地の固定資産税の課税明細書が送付される。課税明細書には本件土地以外に不動産の記載はない。
被相続人について、ほかの市区町村役場から固定資産税の納付を求められたことは全くなく、ほかの相手方からもそうした話は聞いていない。
相手方Yの孫Y’は本件遺産分割の交渉の過程で、被相続人にはほかに遺産を有するはずだと述べたことがあった。しかし、特に財産の所在や根拠を示したわけではない。
このほか被相続人の財産あるいは負債について申立人や相手方に、第三者から連絡がなされたことはない。ただし、後記の建物解体に関する連絡のみ存在した。
(4)被相続人が所有する建物の解体について
被相続人は本件土地上に建物を所有し、昭和35年の死亡まで居住していた。その後、被相続人の妻および二男らがこの建物に居住した。
被相続人の二男Bの妻である△△が平成6年に死亡して以降この建物に居住する者はなくなり、申立人をはじめとする亡Bの子(被相続人の孫)が時折訪れる程度に使用していた。
平成27年3月、某町建設課から申立人に対して、本件土地上の建物を修繕するか解体する等適切に管理するよう求める行政指導があった。そこで申立人をはじめとする亡B相続人5名は費用を負担し、平成27年12月にこの建物を解体した。要した費用は総額130万円である。相手方Yら亡Cの相続人3名は、この費用を負担していない。
解体前の建物の状況は、某町からの文書では『屋根上の石やトタンの飛散により被害を及ぼす可能性が』あるとされており、文書に添付の写真でも道路に面した屋根が大きく剥がれている等、居住に適さない状況であった。
(5)本件土地の現況と買い取りの希望について
もともと本件土地上の建物は隣地にある建物(現在の居住者 甲)とつながっていたものである。
このこともあり、解体工事後は甲氏から申立人に対し、本件土地を70万円で買い取りたい旨の希望が示された。
被相続人Aの各相続人のうち某町に在住するのは亡Cの子iのみである。この者も含め、相続人にはこの土地を取得したい者がいない。
本件土地の今年の固定資産税課税上の評価額は75万円であり、隣人への土地売却で確定測量も要しない(土地売却にかかる費用として測量作業に20~40万円を要することは公知の事実と考える)ことも併せて考えれば、本件土地を70万円で売却することは概ね妥当というほかない。
このため、申立人としては、本件土地をいったん申立人が相続し、すみやかに甲氏に売却し、売却金は建物の解体費用の一部に充当して、C側の相続人である相手方Yおよびh、iに負担を求めることなく遺産を処分するのが妥当と考えている。
この案は相手方Y以外の全相続人の内諾を得ているところであるが、Yの孫であるY’が妨害するため手続きがまったく進んでいない。
(6)結語
本件は価値のある遺産を取り合う争いではなく、申立人が費用を負担して祖父の家の後始末をする性質の申し立てである。望ましい条件で土地が売却できても、申立人ら兄弟にはまだ家屋解体費用の負担が残る。
申立人としては建物の解体費用および申立人が負担した固定資産税についてYに対し、法定相続分相当額を請求することもできると考えているが、本申立てにより調停が成立するのであれば、Yに対して特段の費用負担を求めないこととしたい。
ただし、これまで述べたとおり建物解体費用まで含めれば被相続人の財産は存在しないどころか申立人をはじめとする相続人に金銭的負担を残す事案であることから、可能性として代償分割を命じられるとしてもYに代償金を支払うことは妥当とはいえない。
以上のことから申立人としては、以下の調停条項を提案したい。
1.申立人は無償で本件土地を取得すること
2.申立人は本件土地を売却し、本件土地および建物の保有および解体に要した費用は、Yおよびh、iに負担を求めないこと
以上
第3 費用 総計79710円(調停申立書提出まで)
①司法書士報酬 税込合計43200円
- 家事調停申立書作成 30000円
- 添付書類収集代行 10000円
②実費 合計36510円
- 評価証明書(1通)・登記事項証明書(1通)戸籍謄本類(30通)発行手数料、郵送料、定額小為替(31枚)発行手数料 計22470円
- 申立書に貼付する収入印紙代 1200円
- 申立書に添付する予納郵券(切手代) 12840円(相手方7名分)
第4 調停終了(受託5ヶ月目)
申立書提出の約2ヶ月後、第一回期日が指定された。
期日には申立人を除き、全員欠席。家裁が各相手方に意向を尋ねる文書には、期日前に全員が回答した。
裁判所は第一回期日で調停終了、審判を出す旨を申立人に伝えた。期日の約1ヶ月後に審判が出され、相手方が異議申立をしなかったため確定した。
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