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司法書士からみた『あっせん』の数字

急ぎの相談やら呑気な出張やらで延び延びになっていた三つ前の記事でお知らせしていた『制度の数字』を考えてみる企画、その一件目をお送りします。

今回は都道府県労働局があつかう『あっせん』の数字をみてみましょう。
労基署経由でなんとなく推奨されてしまう(相談者が制度の存在に触れやすい)ことと申立が無料であるという点で大きなメリットを持つように見えるこの制度、実際にはどのように機能しているのでしょうか?

よりはっきり言ってしまえば、この申立によって取れる解決金に、相場のようなものはあるのでしょうか?

そうした数字を読み取る手がかりになるのが以前の記事で指摘した、労働政策研究・研修機構の報告書『労働局あっせん、労働審判及び裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析』です。

これは在野の研究者には絶対できない研究で、4つの労働局・4つの地方裁判所で2012年(平成24年)に終結したあっせん申立と労働審判・通常訴訟の全件の記録について、請求額と内容・申立人の賃金額・解決金等を統計化したものです。
労働審判・通常訴訟については、金銭以外の請求=地位確認請求に代表される事案のみを調査の対象としており、通常訴訟は和解が成立したものだけが調査対象です。

ごくかんたんに要約すると、『不当解雇事案でいくら取れるか』まぁそういった、相談室レベルで直面する関心に対して一番まともなデータを提供しうる統計だと考えましょう。この報告書自体が、平成24年の事件を調査して平成27年に出されていますのでこれより新しい研究の存在は現時点で期待できません。

では、その数字をまず同報告書86~87ページから読み取ってみましょう。各制度における、解決金の中央値(平均値ではなく、データを小から大にむかって並べた真ん中の値)は

    • あっせん 15万6400円
    • 労働審判 110万0000円
  • 通常訴訟和解 230万1357円

もうこの先詳しく考える必要がないくらいの大差ですが(苦笑)

これは、あっせんの制度がチープなだけだというより『無料・本人申立・短期での終結(不成立を含む終結)』といった一応の使いやすさを持つ関係で『女性・非正規・低賃金』の属性を持つ労働者が利用している、という面があります。

申立人の賃金月額の中央値は

    • あっせん 19万1000円
    • 労働審判 26万4222円
  • 通常訴訟和解 30万0894円

となっており、制度が重厚長大であるほど利用者の月収も高い、ということができます。

※まぁ、労働審判やら通常訴訟を本人訴訟でやる人はまだ1割未満にとどまっている点、一方であっせんを選ぶ人は8割以上が代理人をつけない(後述)を比べれば、労働審判と通常訴訟には『弁護士の利用とその費用』が事実上、あたりまえのものとして織り込まれていると考えなければなりません。

言ってしまえば『金が出せる奴が出したなりの結果にたどり着く』そういうものだ、という身もふたもない現実があります。

逆にこのことは、会社側の不当性が高い事案でしかも正社員の方があえて『あっせん』を選ぶメリットは、入り口の入りやすさ=本人申立が中心の実情があり申立手数料がかからないこと、以外にはほぼないことを示します。

-あ、今日の記事は社労士さんからするとかなり目障りなものに仕上がっています-

上記の解決金を、申立人の賃金月額との比で示したもののほうが相場感としてはわかりやすくなります。中央値は

    • あっせん 賃金月額の1.1ヶ月分
    • 労働審判 同 4.4ヶ月分
  • 通常訴訟和解 同 6.8ヶ月分

賃金月額との比率で見ても、あっせんと労働審判との間には大きな断絶があります。

もちろん通常訴訟にしたほうが高い解決金額に至る可能性がありますが、ほとんどの解雇事案で復職不可な実情を考慮すると、解決まで年単位で引っ張ってせいぜい数ヶ月分の積み増しをゲットすることがいいことかどうかは不明、ではあります。着手金を2回払った場合、労働審判への異議を経て通常訴訟に巻き込まれた労働者は上記の増額分の多くを代理人の費用で費消させられる可能性もあるでしょう。

ちょっと不純な考え方をすると、上記の数値を見れば不当解雇への対処として、一件あたり2~3ヶ月で終われるわりに解決金もまぁまぁ取れる労働審判は、職業代理人からするとオイシイ方針選択になるのはあまりにも明らかなのです(苦笑)

どうしてこんなに差があくのか、特にあっせん対労働審判で。

この部分は推測にとどまりますが、研究者によれば「相手方に逃げられるリスク」(87ページ)のぶんだけ金額がさがる=あっせんの場合はかんたんに不合意で終了できるため、多めな請求を突きつけたって逃げられるだけだという現実をみればその場で妥協せざるを得なくなる一方、労働審判や訴訟は最終的に判決につながるため、こうした逃げられるリスクが低い、ということが挙げられています。

これはおそらく現時点では正しい推測で、今後は別の要素が入ってくると僕は考えます。

過ぎ去りし過払いバブル全盛期の、中小金融業者の対応を考えてみましょう。

彼らの場合は追求されれば逃げられない立場にありながら、不屈の闘志でとにかく値切り、ヘタレな代理人からはかなり好条件な和解(過払い債権の放棄や支払時期の繰り延べ)を勝ち取っていたはずです。

つまり、手続きと代理人の能力・態度に関する実情がある程度広まった時点で、『ヘタレな敵対当事者からは値切る』という振る舞いが一般化した場合、当事者や代理人の意志が弱いことが相手に伝わりやすい事案や手続きではより解決金額が下がってくる、ということになるでしょう。

つまり、過払いバブル崩壊のあとでこの市場に参入したことが見え見えの全国系大手法人が代理人になる労働審判の解決金がまず下がる、とそういう予報です(笑)

冗談はさておいて。上記のような水準の解決金という実情はあるとして、申立の際に求めている金額はどのようになっているのでしょうか。請求額の中央値(同報告書37~38・40ページ)は、金額と月収に対する比率で

    • あっせん 60万円(3.3ヶ月分)
    • 労働審判 260万円(9.9ヶ月分)
  • 通常訴訟和解 528万6333円(16.7ヶ月分)

ただこの数値、労働審判と通常訴訟では注意する必要があります。研究者がここに気づいていなかった可能性があるのですが、両手続きの申立の価額の算定にあたって金銭に換算できないものは制度上、160万円とみなすことになります。

ですので、これら二つの申立で不当解雇を争おうとした場合、申立書に記載される申立の価額の最低額はかならず160万円になります。一方であっせんでは、単に申立人がほしい金額を申立書に書ける、という点での差も混じっていると考えなければなりません。

ちなみに、この調査ではあっせんについて解決金額300万円以上の事例がない一方、請求額として300万~2000万円以上は約12%ある、とされています。申立書に書いてみるだけならタダですから別にどうということもありませんが、非現実的だと考えねばなりません。

上記に加えて、2012年の調査ではあっせんの申立が合意成立となった(つまり、申立人側からみてなんらかの目的を達した)のは38%、相手方が不参加とした=門前払いになったものが39%、参加はあったが不合意になったのが16%ということで実に6割以上は申立人側からみて何ら得るところなく終わっている、そうした実情があります。(同報告書24ページ)

…そんなわけで、ここ数年あっせん申立の利用をおすすめせずに来た当事務所ではありますが。

ひょっとしたら、ちょっと違う接し方があるかもしれない、と思えてきたのです。

僕はこれまで、司法書士は法律相談で正社員の不当解雇事案を扱えないと思ってきました。理由としては、司法書士の法律相談の範囲は簡裁での手続きに限定されているところ、地位確認請求は金銭換算不可=地裁事案→したがって法律相談不可、であると。

実際に、不当解雇事案で労働者側の究極の目的は「復職なんざするつもりもないが解決金はほしい」という場合、労働審判で地位確認請求(申立の価額は最低160万円)を一応して、実情をわかりきった裁判所側から解決金の提案が来るのを待つ(つまり、労働審判手続申立書には『解決金をくれ』なんて書かない)というのがそこそこの解決金をそこそこの費用と期間で実現する最も確実な方針になります。つまり『司法書士が法律相談できる範囲でない』と。

たとえ、最終的には解決金30万円がほしいだけである月収8万円のパートさんの不当解雇事案でもそうだ、と。

これに対して、あっせんの申立ではどうなんでしょう?

こちらには申立手数料という概念がありません。したがって申立の価額がどうこう、という規定がないことに注意する必要があります。

では、実際に申立書上で請求されている金額はというと、あっせんでは平均値が約170万、第3四分位数が150万円とされています。

ぶっ飛んだ請求をするごく少数人のおかげで平均が異常に高いのですが、この連中を無視すれば申立件数の約75%は150万円以下の金銭上の請求におさまっている、のです。


…140万円の上限に拘束されてるどこかの士業が…という言い方はやめましょう。

申し立て方針を『あっせん』における金銭請求に限定する限り、不当解雇事案の相談も司法書士が扱える、ということになりかねません。

※これはあくまで私見です。この見解によることを推奨するものでもありません。


つまるところ、あっせんに関与できるのは特定社労士だけじゃない…のではないか、そういう考えに至ったわけです。

別にこう言ったって、そりゃ特定社労士さんたちは気分が悪いでしょうがさしたる実害もない、というデータもあります。

あっせんでの、社労士代理人の関与率(同報告書31ページ)。

    • 労働者側 0.6%
    • 使用者側 5.3%
  • 労使双方 0.1%

だったら労働側で参入したって別にいいでしょう、それだけ空いてるなら(遠い目)弁護士の関与率もおなじくらいです。

巷にある特定社労士のウェブサイトを上記のような観点からみるとまたかなり寒い実情が見えてくる、ということになりかねません。実際にはあっせんの手続きに、ほとんど関与してない、ということになるわけですから。

正直言ってこの部分にも、衝撃をうけました。特に労働側、少なすぎ(笑)

ただ、あっせん申立への司法書士の参入があり得るとしても、解決金の少なさは関与の形態に大きく影響を与えると考えます。

この申立で得られる解決金はせいぜいが十万円台~数十万円が実情だと考えると、代理人になるより、あっせん申立書だけシンプルに作ってあげる、というのが妥当なのではないでしょうか。どうせ詳細精密な申立書をつくったって、会社側が不参加にすれば一巻の終わり、ですからね。

より野心的に考えれば、法律相談援助のついで(簡易援助)で作れる程度のものでもいいかもしれません。これも一つの極論ですが、法律扶助の相談3回やるあいだに本人が申立書を完成させてしまう、という程度のものでもよいように思えます。

上記のとおり身もふたもない実情=数字を受け入れたうえで、そこそこの費用負担(というより、法律相談援助を連打して申立書の作成を支援するなら労働者側の費用ゼロ)で低レベルな解決が得られるか試せるならそれでいい、というならこのあっせんという申立は、実は司法書士に向いてるのかもしれません。

別に社労士が悪い、というわけではないのですが、あっせんにおける解決金の低さを前提とすると、彼らが公費で無料相談ができないのは致命的な使い勝手の悪さにつながらざるを得ないと思うのです。

残念ながら、この制度への関与が社労士業界に広まることは今後もないでしょう。

社労士があっせん代理で完全成功報酬制の報酬体系をとることも、当然あり得ない(解決金が低いということは、報酬も当然低い→やる気しない、という判断は当然でしょう)し、最低着手金3万円…でも、厳しそうです。

なにしろ申立の6割以上が申立書の中身の善し悪しにかかわらず蹴散らされてることは、すでに統計上あきらかなのですから。

むしろこの点をよく説明して受任しないと、相談過誤責任を問われると考えます。

しかし、実情としてはあっせんの申立を推奨するウェブサイトに、上記の大弱点をちゃんと指摘しているところはほとんど無いようです。これは誠実ではありません。

そんなわけで、世の中が大きく変わって社労士が民事法律扶助みたいな制度にタッチできない限り、あっせんの支援には司法書士が向いていそうだし、そうやって社労士業界の領域に割り込んだって良心の呵責を感じる必要もないだろう、と考えた次第です。

自分でも…実に意外に思える結論でしたが。

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