給料未払い:書類送検の先にあるもの
先日の労働相談、気になることを聞きました。
労基署の手口がこれまでとは変わってきたようなのです。
その労働者の方によれば、ある労基法違反事案(給料未払いではありませんが最終的には簡裁の訴訟でなんとかできる、類型としてはお金の未払いになるもの)で労基署に相談後、労基法違反として申告したとのこと。
労基署は一応、使用者を呼び出して事情を聞きました。使用者がこれに応じるも言を左右にして支払に応じない…ここまでは労働者・労基署とも、セオリー通りに振る舞っています。
あ、使用者も(苦笑)
ところが、労働者がそこで刑事告訴を希望したところ、労基署はさっさとこれを受理、調書を作成して書類送検してしまったのだとか。
あまりいい話とは聞けなかったのは僕の性格が悪いからではありません。念のためその方に確認します。
「刑事告訴を受理して書類送検するけど、
もう労基署としては関与しないよって、言われませんでしたか?」
予想はしたが期待はしていない返事が返ってきます。確かにそう言われた、と。
これはいけません。さらに確認します。
「そのあとは自分で訴訟起こして回収するしかないよって、言われましたね?」
確認するまでもありませんでした。確かにそう言われた、とのこと。
意地悪く推測してみます。ひょっとしたら労基署の担当者、のらりくらりと逃げ回る社長相手に延々と説得する時間を割くよりもさっさと書類を検察庁に送って(つまり、書類送検して)自分の仕事を終わらせることを選んだのではないか、と。
だとしたら労働者による刑事告訴を経て使用者が労基法違反で送検されることは、労働者にとっては解決でもなんでもないわけです。つまりそれは、労基署が見かけ上順当な理由で仕事を終わらすことができるだけだから。
そんなことがあって、改めて調べ直してみたのです。労基署から書類送検された事業主、どうなるのでしょう?
これまでの漠然とした印象では、普段扱う給料未払い事案のようなよくある労基法違反は、書類送検されること自体少なく、しかも送検が労働者にとっての問題解決=使用者からの未払い金の支払いに結びついた事例を見たことは文字通り皆無です。
実際にどうなのか、の手がかりになる資料は検察統計にありました。2014年分が、e-Stat(政府統計の総合窓口)のサイトに置いてあります。
罪名別 被疑事件の既済及び未済の人員 の表をみてみましょう。労基法違反の既済事件(つまり、検察庁がなんらかの結論を出して終わった事件)数782件、まずこれが、全国の労基署が書類送検した件数に近いものと考えましょう。
実際には検察庁が労基法違反被疑事件を扱う端緒として、労基署のほか警察・あるいは理論上一応ありうる検察庁への告訴という経路もあります。ですので新受件数・既済件数とも労基署が書類送検した件数よりは多いことにはなりますが、そう多くないと推測します。
- さて、検察庁での既済事件数が782件のうち不起訴になったものは508件。
- 起訴されたのは136件、うち公判請求2件。略式命令請求134件となっています。
残りのうち130件あまりが『他の検察庁に送致』というところに計上されていて、これでほぼ全部です。
そうすると。労基法違反で書類送検されたとしても3分の2は不起訴!なわけです。
送検されたって3分の2は放免だよ♪と言ったらみなさんがっかりされるのでしょうか。
ちなみに不起訴508件中、起訴猶予が378件。起訴猶予をとりつけるために被疑者や弁護士が何をするかを考えれば、書類送検されたあとで「ごめん、あとで払うわ」と一筆書いて労働者の合意をとりつけ、起訴猶予処分をゲットしたあとで踏み倒す、そうしたことも一応あり、です。器用な方なら弁護士の助言がなくてもそうなさるかもしれません。
首尾よくか運悪くか、起訴されるとしても圧倒的大部分が略式命令、つまり100万円以下の罰金を課すために簡裁でなされる、すぐ終わる手続きに向かっていくこともわかりました。つまり罰金払えばそれで終わりにできるのです。年間130件ちょっとしかやってない手続きだから、裁判所に行ったってその存在を知ることができるはずもない。
つまり労基法違反で会社や社長が起訴されて刑事訴訟がはじまって社会的に悪評判が広まって、などというのも単なるファンタジーにしか過ぎません。
以上検討したとおり、給料未払いは犯罪だ、なんてどの面下げて言えるのか僕には全く理解できず、給料未払いに対する法的手続きを解説する当事務所の既存コンテンツでも刑事告訴の効果についてはきわめて冷淡な立場をとっているのですが…なぜかいろんな士業のウェブサイトに給料未払いは違反だ罰則だ犯罪だなどと書いてあります…
処罰なんか、されないのに。
それを違うと言い切る論拠にもウェブからたどり着けるのですから、まぁ落ちついて調べることができるなら結構な世の中になったものだと思うのです。
ちなみに、年間での総合労働相談コーナーの利用件数は約100万件。このうち申告監督を要する労基法違反の相談の件数が分離できればさらに絶望的な数値(つまり、労基法違反の申告が書類送検を経て起訴に結びつく割合。1万分の1より多く1000分の1より少ないはず)が出てくるかもしれません。
明後日からの出張で、国会図書館にあるだろう統計資料を漁ってみようか少し迷っています。
仮にそれをやってしまうと、当事務所へのお問い合わせや労働相談が依頼に結びつく割合がさらに減る可能性が高いのです(苦笑)
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