特別受益証明書は嫌い…だったんだけど
特別受益証明書が嫌いです。
こいつに捺印したことある、という方で実際に生前に財産もらってた、なんて人に会ったことないから(笑)
この『特別受益証明書』、その場限りの相続登記さえ終わればあとはどうだっていい実務家が適当に作って自分の依頼人ではない=不動産を相続しない相続人どもからとりまとめる謎の物体…というのでなければ、正しくはつぎのようなものです。
相続に際して、ある相続人が、被相続人から(主として生計の資本として)生前に十分な贈与を受けていたために、被相続人の死亡後にはじまる相続財産の分配に際して他の相続人に対して『自分には(特別受益考慮後の)相続分が、もうないこと』を証明する文書、だと。
つまりこの文書をとりつけることで、遺産分割協議なくしてその相続人を遺産分配の手続きから事実上脱退させてしまえるこの文書、きっと使い出したらやめられない便利なものなんでしょうよ。
でも。相続紛争を作り出す相続登記申請のなかには、十数人の相続人から十数枚の特別受益証明書をかき集めていて、そのなかの一人ないし数人は
生前贈与?何それ食えるの?
とか言っている実情もあるわけです。なかには相続放棄とこの文書への捺印を混同している人もいたりして、相続放棄とは異なり実際には債務を相続してしまう=危ないことこのうえないこの特別受益証明書、当事務所では一度も作ったことありません。
創業以来の相続登記の受託件数そのものが他事務所の数ヶ月分に満たないからかもしれませんが(あ、笑ってください)
ただ、今後はこの特別受益証明書の活用を考えねばならない気がするのです。
同業者の皆さまにはご存じのとおり、一人でやる遺産分割協議の結果を添付しての相続登記はこの秋を境に、おそらく全国的に認められなくなりました。
よりによって、この春からまさにそうした案件をお受けしていたところなのです。当事務所創立初の案件として(あ、笑ってください)
情報をいろいろ集めながら、ああ、この春から関東の法務局でもダメになりつつあるんだなこれきっとダメになるパターンだよな…と観察しているうちに9月の東京高裁判決でトドメ刺されて諦めた、委任状追加でもらおう、となったその案件。一般化すればこのようなものです。
- お父さんとお母さん、子供一人の家族がいます。
- お父さんがお家を持っています。
- 平成24年にお父さんが死亡します。
- 平成25年に入ってお母さんが死亡します。
- その後、子供さんから相続登記のご依頼がありました。
なんでもいいから、お父さん名義のお家を子供の名義に変えてくれよ、というオーダーです。兄弟の数が減ってくれば、つまり今後は実によくあるパターンにはまってきます。
…で、従前ならこうした件では『子供さんが、子供さん本人とお母さん(の相続人)を兼ねてお父さんの死亡に際して一人で行う遺産分割協議』の結果を添付して、一件の相続登記申請で子供の名義に変えることができていたんです。これができなくなりました、と。
遺産分割協議、って言ってるんだから一人でやるなよ、というリクツらしいんです。問題はそれへの対処です。
ならば今後はどうするか?なんですが、原則論では
- お父さんの死亡に伴う相続登記(1)で、持ち分2分の1を既に死んでいるお母さんに、持ち分2分の1を子供さんに相続させる登記申請をして
- お母さんの死亡に伴う相続登記(2)で、お母さんが相続した持ち分の2分の1を子供さんに相続させて
- 最終的には、子供さんにすべての持ち分を持たせる
ということになります。司法書士が余計に仕事すれば済む、という問題ではありません。上記の例では(1)で不動産のすべての持ち分、(2)で不動産の持ち分の2分の1の持ち分移転を行うため、登記申請が一回で済む場合と比べて登録免許税が余計にかかります。この例では、不動産が余計に動く分=不動産の額の2分の1×0.4%。
価額1000万円の居宅なら、2万円余計にかかる、ということになります。
諦めてそうしてね、というのは確かに悪くありません。
ただ、上記のように二回にわたって発生している相続でも、最後以外の相続が『相続人が一人しかいない状態』になっているなら、最後までの相続登記の申請を一回でやっていい、ということになっています。遺産分割協議とは関係のない、この部分の判断には変化がありません。
さて、そうすると。上記の例でお父さん死亡時の状況としては、お母さんと子供さんの2名が相続人だったはずです。相続人は2名です。
いきなりですが、子供さんが相続放棄したらどうでしょう?
実はお父さんの死亡が平成24年12月、お母さんの死亡が平成25年1月、相続登記のご依頼が平成25年2月だったとしたら。
子供さんがお父さんの相続について相続放棄しても実費は数千円で済み、お父さんの相続に関する相続人はお母さん一人になってしまいます。
結果的にはお父さんの財産をすべてお母さんが相続後、ただちにお母さんの遺産として子供さんが相続することになるので実害ゼロ、ということになるでしょうか?
お父さんもお母さんも死亡した後、相続放棄の熟慮期間3ヶ月が経過していたらどうでしょう?
遺産分割協議のように、共同相続人の誰かと複数人でする行為はもう一人だけでは(正確には、相続人たる自分と他の共同相続人の権利を相続した自分とでは)できない、というルールはできあがりつつあります。
特別受益証明書の作成はどうでしょう?
- 相続人たる自分が、過去にあった事実を証明するだけの文書、ということになるのでしょうか?
- 他の相続人の利益になる文書である、ということを考えれば、利益を受けるべき他の相続人が生存している必要があるのでしょうか?
もし前者であれば、上記の設例で子供さんが
あ!ワタシ大学入るときに(または結婚のときに)お父さんからたくさんお金もらっちゃった♪といきなり都合良く思い出し、それを受けて実務家が嬉々として特別受益証明書をつくり、それを添付して相続登記の申請をこれまでどおり一回で終えるようにするのが今後は流行るのかもしれません。
上記の設例で、お父さんの死亡時に子供だけのアクションによって『相続人がお母さん一人である状態を作る』ために、もっとほかに自然な方法がないか…あれこれ考えているのですが、なかなかいいのがないのです。
相続分の譲渡は(譲渡をうけるべきお母さんが既に死んでいるから)まず不可、相続分の放棄はどうだろう?と考えるのですが、放棄の意思表示を受けるはずのお母さんがやっぱりいないので、ダメなのではないかと思うのです。
そうやって考えると、事実に反していることはやっちゃいけない(お母さんの死亡前に遺産分割協議は成立していた、などという虚構をでっちあげない)というならば…まず慎重に特別受益の可能性をさぐって、そうした事実がなければあきらめる、運が良ければ(相続放棄の熟慮期間が過ぎてなければ)本当に相続放棄してしまう、ということになるのかもしれません。
などと小難しいことを言わずに、適当な書類をサクサクつくって申請を終えてくれる事務所さんのほうがきっといいに決まってるね、と気づいてしまいました。
ありがたいことに今月も、相続登記のご依頼が入っています。普通に遺産分割協議できる案件が。
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