絶望なさってから、どうぞ
先日のこと。補助者さまにはずいぶん不満げなのです。
先ごろ読み始めたらしい、この本のせいです。先ごろ研究者に転身した元裁判官の手になるこの本、裁判官と裁判所の内情を赤裸々に綴っていて…一応は本人訴訟に取り組んでいる当事務所でそうした過程にある様々なお客さまとその書類を見ている補助者さまに、ほんの少しの共感と結構な絶望を与えたらしいのです。
で、彼女が不満なのは、この本に描き出される絶望の向こうになにか希望が見えないのか、と。
どうやら彼女は途中でこの本を読むのをやめて、この先も(本の内容が)絶望ばっかりなのか、とおっしゃるのです。
そうですよ。
もともと素人を絶望させる目的の本だしそういう題名だし、帯には「裁判所の門をくぐる者、すべての希望を捨てよ」って書いてあるでしょ。まさにその通りの内容で♪
と、申し上げたのは間違っていたでしょうか。僕は何年か前にこの方が書いた『民事訴訟の実務と制度の焦点』を読んでいたので、その本では(まだ、執筆当時は現職の裁判官だった立場上)抑制されていた部分が思い切りひっくり返されて飛び出したんだ、と思って読めたのです。
この著者がこれから研究者になってしばらく自由な身になったら、またなにかいい本を書くようになるかもしれないじゃありませんか、とここが場末の代書人事務所であることを棚上げした期待を述べてこの話を終えたのですが、さて。
この本自体は、裁判所というものになにか幻想をお持ちの一般の方におすすめできます。
労働紛争では、地裁で通常訴訟を選ばれる方には是非お読みください。裁判官はなぜあんなにも和解を勧めたがるのか、それがわかるだけでもだいぶ気が楽になるでしょう。
絶望されたばっかりで終わっても困るので、なんらか民事訴訟で裁判所を利用予定の一般の方にはもう一冊の本もおすすめします。
こちらは、資産運用に興味のある方なら一度はこの方の著書を手に取ったことがあるかもしれません。著者がたまたま関与することになった保険会社とのトラブルを、なぜか本人訴訟で解決しようと右往左往した(というより、裁判所に右往左往させられた、でしょうか)体験記として読むとよいでしょう。
『絶望の裁判所』で暗~く鬱々と描かれている司法官僚組織の階層構造や、和解偏重型訴訟進行といった問題点をタフな利用者から見るとこうなるんだな、と納得できるはずです。いずれも新書ですから、この二冊はセットでさっさと読んでしまうと重篤な絶望に陥らずに済むかもしれません。
もっとも、裁判だの裁判所だのというものにな~んの思い入れも期待もしない、ということになりそうでもありますが…そこはそれ、現にそこにあるのがそうしたものでしかない以上、それを使ってなんとかしましょうよ(遠い目)と申し上げるしかありません。なにしろここは、場末の代書人事務所です。
次に、同業者さま方。
そう。ごく少数いらっしゃる、司法書士やら社労士の資格をお持ちでこのブログをお読みの●●●なあなた。
裁判所なんてあんなもんだ、というのはもう一般の方々の知るところとなりつつあるわけですよ。
だってしょうがないじゃん、あんなものでも使うしか、というだけなら簡単ですが、それではいささかひねりがないわけですよ。
この本は、その実情の脇道にある可能性を何か示しているような気がするのです。
最初はカバーの著者の写真がずいぶん皺だらけだ、というだけで手に取るのをためらったのですが、この本をただのお年を召した弁護士さんの本と思って読むのを避けてはなりません。全7章のうち第6章までは和解に関する基礎知識として流し読みし、第7章を研究の対象にすべきです。
ここで筆者言うところの『付帯条件付き最終提案(仲裁または調停)』のエッセンスは
- 対立する両当事者に、最終的な提案をそれぞれ出させる
- 仲裁人は、その両案のどちらかを選択する
ここまでならアメリカでもやってるという最終提案仲裁だそうで。
たとえば不当解雇の無効を争う労働者と経営者が訴訟で行う(つまり、よくある身勝手な)提案なら
- 労:解決金12ヶ月の支払いか復職希望
- 経:解決金1ヶ月の支払い
こんな提案になって折り合いがつかない、ここまではよくあります。
- これに、「労使双方の最終提案のうちどちらか一つを仲裁人が採用し、それを最終的な仲裁判断とする」というルールをくっつけるとどうなるでしょう。
両当事者があまり自分に都合のよい案を出してしまい、それが採用されず相手側の提案が採用された場合(例:上記で労働者側として提案をしたが、経営側の案が採用された場合)に、採用されなかった提案をした側に酷な結論が自動的に出てくるルールができあがったことになります。
上記の例なら、お互いに解決金1ヶ月だの12ヶ月だのという提案をしてみるのは勝手ですが、あまり受け入れがたい案を出すと自案不採用&敵対当事者案の採用、という報復を食らいます。提案段階では相手方がどういう案を出してくるかはわからないので、不利益をうける可能性だけがわかっている、ということになりましょう。
この結果双方が出す案は、お互いにとって大打撃にならないようになり…結果として歩み寄るのではないか、というのがこの最終提案仲裁のミソだそうです。
この本の著者は、ここからさらに一段ひねりました。
上記の設例で、自分が出した提案が敵対当事者の提案より条件が妥協的であった場合には、自案と敵対当事者案の中間値を取る、ということにするのです。
- 労:解決金4ヶ月の支払い
- 経:解決金6ヶ月の支払い
上記の提案の組み合わせでは、解決金5ヶ月を仲裁判断とする、と。
このルールの下では、遠慮は美徳になる、といいましょうか。これが著者いうところの付帯条件付き最終提案仲裁なのだそうです。
労働紛争で相手方が応じられる裁判外和解の条件をあれこれ考えて要求額のぎりぎりのところを提案した結果、相手方から降ってきた和解案より金額ベースで数%下回ってた!という経験を持つ僕にはこれ、かなり興味深い、というより共感できる考え方なのです。
著者が主張の付帯条件付き最終提案仲裁にはそうした、「相手の身になって真摯に応諾できる条件を考えて詰めていく」というモチベーションを発生させやすい特徴があるように思えました。これは研究すべきです。
そしてこれを、士業の民間ADRで導入できないもんかな、と思ってしまうのです。仮にそうしたことができるなら、件数重視で適当な和解に走りたがり平日昼間しかやってないどこかの役所(遠い目)とはまさに一線を画した裁判外(であることを長所とする)紛争解決機関ができるのかもしれません。
そうしたわけで、絶望してるヒマなさそうなんです。
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ご無沙汰しております。前回の遺言を提案する同業者の話しや、今回の話しに、ちょっと耳が痛いところであります(^^;) 少々息を潜めておりましたが、来月からちゃんと活動する予定です。 今後ともよろしくお願いします&ご活躍楽しみにしています&タイミングを見つけて、いつか挨拶に伺いますm(_ _)m
投稿: 天然●●● | 2014年9月24日 (水) 15時45分