「代理人を選任するご予定はありますか?」(つけるならお早めに)
本人訴訟の場で裁判官から聞きたくない言葉を三つ挙げるとしたら、上記の一言は入れていいと思います。最悪なのは原告側でゼロ和解(金銭の支払い義務がない和解)を迫られることでしょうか。
…もちろん、僕も訴訟代理人としてこの悪魔の叫び声にも匹敵するお言葉をたまわったことが複数回あります。うち一回はその後全面勝訴、うち一回は全面敗訴となりましたのでそのまま信じてよいお言葉でもないのですが。
こちらの請求を認めないのは訴訟の後半で出てくる衝撃の一言であるのに対し、本人訴訟をする当事者に代理人選任予定を尋ねる一言は主として訴訟の前半で出てきます。裁判所外で通じる標準語に訳します。
- 『弁護士つけろよお前は!』(さっさとつけろよ!)
今日は、そうした話です。
先日傍聴に出かけた労働訴訟の口頭弁論期日は、原告被告とも本人訴訟となりました。法廷外の廊下でお客さまと期日の時間を待っているのですが…様子が変です。
法廷内から書記官がこんこんとなにかを教え諭す声が聞こえてきます。
それはもう、ほんとうに懇切丁寧に。
丁寧に丁寧に丁寧に…というよりも?
聞き手の理解力に問題がある様子です。
聞き手の声をお客さまに確認します。社長だ、とのこと。何かの書類の作り方出し方をなにやらものすごく丁寧に、しかも期日当日になって説明している、ということは当然支障が発生しているからにきまってます。
これは面白そうだぞ、と(敵対当事者が事実に反したり誠実でも妥当でもないご主張を持ち込むことは阻止できませんが…失敗するととても楽しいことになりますので)待つこと数分。若干遅れて始まった期日で被告席に座っているのはいくぶんだらしない格好の赤黒い坊主頭。
眉毛を若干剃ってるかな。これは気のせいかもしれません。
まずこの社長、見かけでだいぶ損しています。生活保護受給中でも失業中でも多重債務でも、裁判所に行く際にはこざっぱりと誠実そうな服装をセレクトして行きなさい、という助言をこの社長、誰かから受けなかったのでしょうか?
-ちなみに僕は開業直後、某簡裁に特定調停の申立書類をもらいにいったらそのまま相談スペースに連れ込まれたことがありますが…とにかく人は見かけで判断されるのだ、ということです-
期日が始まるとこの社長、考え方にも問題があることに気づかされます。原告側が提出した就業規則の原本確認が必要か裁判所に尋ねられて曰く、
『そういうもの(就業規則など)を原告が持ってるのがおかしい』
お前の会社では従業員に就業規則見せないのかよ(笑)
一人傍聴席で笑いをこらえて痙攣する代書人。裁判官はもう少し辛抱強いようで、ここでは原本かどうかを確認するか尋ねているだけで書類の性質に関する主張は口頭ではなく書面でしてくれ、といなします。といえばかんたんなんですが、そこは地方裁判所。あまり間抜けな発言が出てくると裁判官が理解できないことがあるらしく、原告がその書類を所持していること自体が(たとえば持ち出しの不正などで)問題だ、と言いたいのだということが裁判官に伝わるまでに、とっても不毛なやりとりが数往復続きました。
さらに裁判官、さきほど社長が提出に失敗したらしい書類については提出部数がどうこう、と書記官レベルで足りる説明を繰り返します。どうもこの社長、ご主張を記載した書類を出すのに書証として出すか準備書面として出すかがわかっていなかったご様子。しかも部数も足りないようで。
この時点でこの社長、ご自分が前回期日で出すと言った書類が出せないことに確定です。これを受けて裁判官、
「代理人を選任するご予定はありますか?」
検討している、その打ち合わせもしている、と応えた社長に付け加えて、
「おつけになるなら、早めに」
裁判官はこの言葉を、期日のあいだに三回は繰り返したはずです。甘い言葉だけでは足りないと思ったか、
「民事訴訟法には時期に遅れた攻撃防御方法という規定がありまして…今回のように主張を準備書面でお出しいただけないまま提出が遅れた場合、裁判所はそれを採用しないことがあります」
そこまで言うか、第一審で(そうとう焦れてるのか裁判官?)
でも。僕は見てしまったのです。
この社長、二十数分にわたってなされた裁判官との発言がほぼ被告側に向いていたにもかかわらずほとんどメモを取ってなかったのを。
準備・発言・考え方、三拍子そろってダメな当事者というのは地裁の本人訴訟ではちょっと珍しくないでしょうか。でも傍聴席には胸に何かの(少なくとも、五三の桐ではない)バッジをつけた誰かがもう一人おりまして、痙攣が止まらない僕と被告さんを交互に眺めておりました。
さすがにこれだけ言われりゃ次から弁護士つけるよね、ならこっちも仕事が楽になって嬉しいな、と期日終了後にお客さまと話したことであります。
でも。仮にもう一人の傍聴人が被告側で(違法であれ合法であれ)裁判書類の作成にあたっていたとして。
もうすこしましな助言ができなかったのか、ちょっと考えてしまいました。僕の経験では、中卒以上の日本語通常会話ができる日本人なら適切な資料と助言を提供することで普通に本人で訴訟を進めることができ、僕が傍聴席にいる必要はない(というより、万一必要がありそうな依頼人なら受託しない。訴訟代理人をつけうよう勧める)のです。
この場合、一般的な助言や資料の内容はもう定型化できるので実はそう手間もかかりません。というより当事務所ウェブサイトにある裁判傍聴に関するコンテンツは、その説明資料を拡大改良してコンテンツにしたもの…僕が個別のお客さまに説明の手間を省くついでに万人が閲覧可能にしただけだったりします(笑)
つまるところこの社長、僕からみれば極めてかんたんなことができずに自滅しつつある。もちろん使用者側から依頼を受けるつもりはありませんが、やはり訴訟代理よりは本人訴訟の仕事に力を入れたほうがよさそうな気がします。
もう一つ気の利いたテンプレートをダウンロードしてきて、冬休みのあいだに(労働紛争以外の)裁判書類作成業務のページを増強しようかな、と考えているところです。
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コメント
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たいへん勉強になります。
今日みた裁判なのですが、読んだ専門家がみな拍手するような高質な書面を裁判所に提出した被告が、はじめの期日で裁判官から、
(1)弁護士をつけろ(なかば脅しのように何度も言われる)
(2)別訴ではなく反訴にしろ
(3)このままだとたいへんだから、和解はどうだ(原告、被告両方にすすめる)
を、同じ期日に言われた時、その裁判官の胸の内はどうなっているのでしょうか。
みるからに、原告の弁護士よりの裁判官でした。
私は、「判決だすのがイヤだから、弁護士つけてさっさと和解でまとめたい。反訴だと和解にもっていきやすいし、判決書くにも、棄却にした原告に言い訳がつく(被告も棄却にすればいいし)」かなと感じました。つまり、原告を棄却にせざるをえない裁判なのではないかなと。
こんな理由、なりたつものでしょうか。
投稿: とらじろう | 2015年12月22日 (火) 21時22分