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それでも付加金が取れると思いますか

さきごろ某地裁で得た判決正本を、しみじみと味わって読んでいます。

内容はなかなか痛快です。割増賃金の請求の95%以上と、割増賃金に対する付加金請求の100%を認めてくれているのですからこれ以上贅沢言いようがありません。『勝訴!』とお習字で書いた紙持って裁判所正門前で記念撮影できるくらいの勝ちっぷり、ということができます。

労働訴訟の提起をお考えの労働者のみなさんが妄想するような勝利ではありますが、付加金の請求認容判決を取ったこのタイミングで書いてみたかったことがあります。

    1. 労働基準法第114条の付加金は狙って取れるものではありません。
  1. 残業代等の不払いに際して付加金が取れると主張するウェブサイトの運営者の見識は大いに疑うべきです。

今日はそんなお話です。

1.労働基準法第114条の付加金とは

僕が付加金の制度をお客さまに説明するときに例として出すのは「キセル乗車で捕まって運賃三倍取られた奴ってときどきいますよね?」という話です。これは、各営業者の約款で不正乗車に対しては所定の運賃と、支払を免れた運賃の倍のお金を徴収すると定めているからそうなるわけです。

労働基準法第114条の付加金も、考え方としてこれに似た要素を持っています。同条によれば『労働基準法所定の割増賃金・休業手当・解雇予告手当・年次有給休暇に対する賃金』の不払いに対して、不払いの金額そのものに加えて、さらに不払いのお金と同額の特殊なお金=付加金の支払いを裁判所が命じることがある、ということになっています。あるお金の支払いを免れようとした人に、そのことを理由にしてさらにお金の支払い義務を課すことを法律で定めているという点で、とても珍しい制度です。

2.これによって、だましたりだまされたりするとどうなるか

この付加金の制度、実際に機能しているかどうかは後で論じますが、こうした制度があるんだな、と聞きかじった人たちがどんな間違いを犯すか、を考えてみます。

  • 労働者

ネットでこれだけ情報が漁れるようになっても、どうやら人は自分に都合よい情報に注目したがるようです。嘆かわしいことに、『残業代が支払われなければその2倍請求できるんだ』という態度の相談者は毎月やってきます。こうした方々には、当初はわりと冷淡に接しています。「これだけ個人が情報発信できるようになって、付加金が簡単に取れる実情があるならそうしたブログや掲示板がいくらでも見つかるはずですが、そうしたものを実際見たことありますか?」とはっきり聞いてあげれば冷静な人は考え直してくれますし、そうでないお方には他の事務所の利用をお勧めしています。彼らが、付加金を確実にゲットできる事務所を発見できることを祈りはしますよ。祈るだけですが(失笑)

  • ウェブサイト運営者・投稿者

こちらはなかなか罪深い存在です。一般的な表現としては『残業代の不払いに対しては、不払いと同額の付加金の支払い義務が発生することもあります!』程度の説明にとどまるのですが、他の要件や実情を説明しないので実際に困ってる人がこれを読むと本気にしかねません。各種士業の事務所や情報商材の販売者のように営利目的でウェブサイトを運営する連中の場合には、こうした表現で依頼を誘致するメリットもあるのかもしれませんが誠実な方法とは言えません。特に、付加金の支払い義務が判決でしか発生しないことを考慮すれば、裁判に関係しない人たちが付加金の存在を云々するのは『自分が関与できないことをあてずっぽうに言っている』に等しいと考えます。社会保険労務士が運営する在京某NPOにそういう労働相談をやっているところがあり、彼らはあっせん代理を勧誘するためのセールストークとして付加金が必ず支払われるかのような表現を使っているとお客さまから聞いたことがあります…素人は黙っててくれよ、と言いたいです。お客さまではなく、そのNPO運営者に。

では裁判手続きに関与できる弁護士・司法書士なら付加金取れるというのは妥当な表現かというとそうでなく、付加金の存在を声高に主張する法律事務所のウェブサイトで依頼を集めて提案するのは労働審判あるいは任意交渉=付加金が取れない手続き、だったりします。恐るべし。

結局のところ、情報提供者は依頼誘致あるいは法的蘊蓄のひけらかしのために付加金をトピックスとして取り上げ、自分に都合のいい情報に高感度なアンテナを張ってる素人がそれに引っかかる、という構図は今後も改善されないと思います。むしろ、ウェブ上に氾濫していない情報にこそ真実が隠れています。もう一度お尋ねしますが…

「付加金取れるとお考えのあなた、では付加金実際取ったと言ってるブログをどれだけ見たことありますか?」

3 制度

誰かをだますウェブサイトが語らないところで、付加金の制度を落ち着いて考えてみます。労働基準法第114条の条文を見ると、付加金は

裁判所は(中略)付加金の支払を命じることができる

と言ってるだけです。単純に日本語としてみても、「使用者は(中略)付加金を支払わなければならない」とは言ってません。つまり付加金は純粋に、裁判官の判断で使用者に支払義務が課せられるものです。また、こうした支払を命じることができる裁判所の判断の形態は判決しかありません。調停や和解は当事者が合意するものですから、裁判所が何かを命じるという要素が入りません。労働審判手続きで出される審判は駄目か、というのは疑問ですが、付加金支払を命じる審判は出せないということになっています。

つまり、付加金の支払いを得るためには、訴訟を選択し判決を目指さねばなりません。

4 実情

 だったら判決とりゃいいじゃん♪と軽く言われてしまいかねませんが、これが結構難しいことは司法統計に示されていると考えます。この国で民事訴訟の大部分は当事者欠席による判決か、そうでなければ和解で終わってしまうのが大部分です。特に請求額が大きくなりやすい残業代請求訴訟で会社側が欠席してくれるなどということを期待するのはまず無理です。したがって、付加金が取りたければ『会社側の積極的妨害を排除して、判決を目指せ』ということになります。

実際それやったらどうなるか、という一例が先頃得た判決の訴訟でして、この訴訟にかかった期間は1年9ヶ月強、書いた書類は文案を要するものだけで100枚超、相手側からもほぼ同量の書面が出てきて、判決はというと別表込みで五十数枚、このほか証人尋問対策の打ち合わせだけで一泊二日を2回やったりもしていますので、書類作成ごとにお金をもらっていたらお客さまが途中でひるむことになりかねません(笑)

今回は会社側訴訟代理人が途中で解任されて交代してしまい、その後で一段とグレードダウンした訴訟代理人が出てきて手続きが空転したという面がありますが、ここまでやらないと付加金給付判決が取れない、という展開はむしろ実情に近いと思います。さらに、この判決はあくまで第一審のもので、判決が確定しないと実際に支払を請求したり強制執行することはできません。

つまり会社側は、控訴してしまえばもう数ヶ月間は訴訟ごっこで遊べるということになります。労働者側、辛いです。

5 結論

 おそらく上記の実情を反映して、付加金を実際に受け取るところまで行ったという情報がほとんど得られないのだと思います。一方で制度の存在だけはくだらない思惑で一人歩きさせられているに過ぎず、安易に付加金を得ようとする人ほどかえって付加金が得られるだけの訴訟遂行能力を持ってない、と僕は考えています。

そんなわけで、付加金が取れるはずだと言ってくるお客さまには一歩引いた対応をしてしまっているのです。

それでも、付加金が取れると思いますか?

 


ところで、僕の予想では被告側会社は控訴にあたり、3人目の訴訟代理人を別に探してくると思っています。で、3人目はさらにグレードが下がるとも。

こいつが着手金を請求する際には、やっぱり『未払いの元本と着手金』を基準にして金額を算定するんでしょうか?控訴しなければこの金額の支払い義務が確定する以上そうならざるを得ないのですが…

だったらその分、こっちに回してくれりゃいいのにさ、と取らぬ付加金の皮算用をしてしまいます。判決正本を肴に飲むビールも、なかなかおいしいものです。

2020.12.12修正

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