移送の先の落とし穴
『我に事実を与えよ、汝に法を与えん』という法諺(法律や法制度に関することわざ)があります。訴訟当事者が適切に必要な事実を主張立証すれば、裁判所が適切に法律を適用してくれる、という意味です。
たしかに今冬受講した司法書士特別研修でも、訴状や答弁書の起案で要件事実はいろいろ書きましたが適用した条文を記載することはほとんどありませんでした。
そんなんでいいの?という話しです。
その訴訟は、簡易裁判所から地方裁判所某支部に裁量移送された通常訴訟です。当事務所ではよくある類型の割増賃金支払いを請求する事案。この第一回期日が本日だったのですが、お客さまから恐るべき報告が入っています。なんでも裁判官が僕の訴状を読んで
よくわからん。
と口走ったとか(呆然)
しかし妙です。いま割増賃金支払い請求で使っている訴状は、いろいろな裁判所で支障なく使っている、それどころか、書記官や裁判官から分かりやすいとの声が聞こえてくる、つまりある程度洗練に至ったもの。それをつかまえてよくわからないとは…?疑問は直後に氷解します。さらに恐ろしいかたちで。
上記問題発言の前後で裁判官がお客さまに尋ねたことには、
- ある日に時間外労働した時間と別の日に早退した時間があるが、これは通算してしまえばよいではないか?
- 各月ごとに表をつくって未払いの割増賃金を計算しているが、一年分まとめて時間を計算すればよいではないか?
…一瞬で納得しました。この裁判官、どうやらとってもヤバイ人だったようです。
割増賃金関連の請求訴訟は地裁簡裁とりまぜて二十数件作っていますが、これまで僕の訴状に『わからない』という論評を加えた奴は東京簡裁の司法委員が一名いるだけでしたが、まさか地裁で出会うとは。しかもこの裁判官、上記の司法委員と同様に訴状を読んでないらしく、はっきりと訴状に書いてある所定労働時間なんかも平然と尋ねてきていた模様です。読まない訴状がわかるわけないんですがね(冷笑)
ところで上記二つの発言、労働法が分かってる人間なら瞬時に卒倒しかねない大間違いをしています。
1.については、たとえば
- 一日8時間労働時給1000円の職場で
- 月曜日に9時間労働し
- 火曜日に7時間労働(1時間遅刻)
した場合を考えればあまりにも分かりやすいでしょう。上記裁判官の論理で稼働時間を通算したら2日で延べ16時間=16000円の賃金が支払われるだけです。僕の計算を含む通常の計算方法では
- 月曜日について8時間×1000円+1時間×1.25×1000円=9250円
- 火曜日について7時間×1000円=7000円で
- 合計16250円
とするもので、1日8時間を超えて労働することと別の日に遅刻・早退等することはフレックスタイム制でもないかぎり全然関係ない、とするのが当然なのですが…これがわかってない。
2.については、皆勤手当のように『ある月では支給され、他の月には支給されないが、割増賃金の算定の基礎となる賃金』がある場合にはその賃金が支給された月とそうでない月で別々の賃金単価をつかって計算を分ける必要があるのはあたりまえで、12ヶ月間まったく同じ賃金が支払われる場合を除いて一年間まとめて時間外労働時間を計算してみせることなどできはしません。これもわかってない。
ああ、この裁判官、忌避できんかな(脱力)
とりあえずこの裁判官の迷走ぶりは今後ブログのネタにさせてもらうとして、お客さまには控訴審めざして頑張ろうと申し上げたところです。
本人で労働訴訟を戦うみなさん。
当事務所においても十数件~二十数件に一件程度の割合でこうした妙ちきりんな裁判官に出会うことがあるのです。
もしあなたの主張が裁判官に理解されてないと言う場合には、あなた自身がわけわからんことを言ってしまっているのと同じぐらい裁判官側がおかしい可能性も考えてよいか、と思いますよ。一度適切な専門家に相談してみるとよいでしょう。
そうしないと…敗訴しますよ?紛争の性質と全然関係ない理由で!
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