『ワーカーズコープ』(協同労働)という言葉をご存じですか?
一般名詞としてのワーカーズコープは、WorkersのCo-operativeつまり労働者協同組合、あるいは協同労働と言われることがあります。これは、労働者が資金と労力を出し合って(主として公益性・社会性が高い)事業をおこない、労働者が自ら経営に参画し労働に従事し収益を分配しよう、というのが理想です。
字面からみる限りではこの理想、大変素晴らしいものに見えます。この考え方を取っていると標榜する事業体の中には、本当に素晴らしいものもあるでしょう。
しかし、残念ながらそうでない組織もあります。この事務所で昨年終結した労働訴訟のなかに、一般名詞としてのワーカーズコープを標榜する団体の一つを相手とするものがありました。事案の概要は、一般名詞としてのワーカーズコープを自称するNPOが運営する事業所における正社員のサービス残業に基づく未払い割増賃金の請求で、相手方には弁護士が訴訟代理人についたのですが最終的に請求額の約3分の2を得て和解となっています。
そこでは普通の営利企業と同様に
- 上司もいれば
- 部下もおり
- サービス残業もちゃんと存在します。
不幸中の幸いとして、そうした事業体にも労働基準法はいまのところ適用され、法律と裁判所に拠ってお客さまの権利を守ることはできるのです。
さて、僕があつかった事案はあくまでも関東の遠く離れた町のことだと思っていたのですが、昨年から気になるニュースが入っています。
名古屋市のある施設で、一般名詞としてのワーカーズコープ(以下、コメントを含むこの記事では単にワーカーズコープと言います。企業名としてのワーカーズコープを指すものではありません)を自称するNPOの一つが施設管理者となり、そこを舞台に労働紛争が起きているようなのです。(それに関する、www.janjan.jpの記事)
こちらの紛争の概要は不当解雇あり労働条件不利益変更あり、果ては本部から職員を送り込んで多数派を形成して本部側有利な就業規則の変更を企んだり!と、とても労働者協同組合を標榜する者がやることではありません。これに対抗して労働組合ができたことには拍手喝采しますが、経営側に対して労働組合を作って戦わなければならないこと自体、労働者の組織であるはずのワーカーズコープ内にしっかりと経営層が存在することの矛盾を描き出してしまっています。
そんなことってあるのだろうか?労働者が作ったはずのワーカーズコープでサービス残業や不当解雇なんてあるのか?と純粋な(というより、単純な)ひとは思ってしまうのかもしれません。僕の経験を言えば、担当した労働訴訟の証人尋問における経営側職制の証言の内容からして上記の記事はまず真実と思っていいだろうと考えます。ワーカーズコープの労働紛争における最大の特徴は、労働法秩序より自分の組織の主張や見解を優先させて恥じない(利益ではなくて理想を追っている、という気負いが、自らの過ちを認めることを妨げていると推定します)ことで、裁判ひとつとっても請求額の割に一般企業より長期化してしまうのです。上記各記事を見る限り労組を作って戦っても、残念ながら客観的な情勢の改善にはまだ至っていない、というより経営側は労働組合とその関係者をなんとか排除するため必死で、紛争は確実に長期化しつつある、というのが名古屋市の施設の状況と見受けられます。
たぶん労働側が法的措置をとるか、さもなくば施設を保有する名古屋市が積極的介入(または、指定管理者のすげ替え)を図らないと問題は解決へ向かわないだろう、と、この団体と戦った者の一人として見ています。僕が見た関東でも、そして名古屋でも、その他に九州でもこの団体はなんらか構成員と紛争を起こしているらしく、『小さな査問の話』というウェブサイトが数年前から健在で、僕も裁判書類作成の際にはこの団体の気風を知るために参考にしていました。
理想と実情との間に恐ろしい乖離があり、なまじ労働者のための組織を標榜しているがゆえに労働紛争が必然的に泥沼化する、というのが一般名詞としてのワーカーズコープの問題点です。
ですから事業所の名称にかかわらず、もしこうした求人=労働者が作った労働者のための事業所に見える求人の募集に応募しようとする際には、次のことに注意する必要があります。
1.出資を強要されないか。
考えてみましょう。理想がなんであれ経営面である程度安定した事業を持っており収支が健全な事業体であれば、構成員からお金を巻き上げる活動に邁進する必要はありません。逆に経営面での安定を欠く事業体であれば、ぽっと入社したばかりの人間にいきなり出資額相当のリスクを負わせようとする勧誘自体が不適切かつ危険です。いずれにせよ、就労を開始したばかりなのにいくらか金をだせ、と言ってくる発想は労働者を搾取の対象として見ていないと出てこないものだと考えるべきです。関わり合いになってはいけません。納得できない出資要請は断りましょう。
2.経営にタッチできないのに経営者呼ばわりされていないか。
みんなが経営しみんなが労働するんだ、というのが一般名詞としてのワーカーズコープの理想なんですが、オイオイちょっと待て、と言わなければいけません。
もし労働者が経営者にあたるというならば、働いたぶんだけの分配を得る権利は誰かがそれを拒否できようものではないはずです。少なくとも、働いたぶんだけの分配が実現できないことは経営課題として協議されねばなりません。それを『拒否できる』ひとがもしだれかいるとしたら、その人との間には何らか上下関係が存在していると考えねばなりません。
まして一日に十何時間働いても労働者は経営者を兼ねているから残業手当無し、などというのは単にただ働きしているだけであって、そうした状態が当然でないと事業が成り立たないというならそこにいるのは労働者としての資質はともかく経営者としてはかなり無能な人間の集団だ、ということになります(ここで経営者としての無能さ、というのは、まともにやれば儲かる事業で儲けられないという愚かさより『もともと大して儲からない事業にあえて手を出し、それを隠してあなたの参加を誘った』という不実さが濃いです)。転職を視野に、さしあたり残業手当請求への証拠を確保すべきです。理想に殉じる気がない、それを許すだけの経済的余裕がないなら、お近づきになってはいけません。
3.社会保険制度への加入を拒否されていないか。
これは単に中小零細企業共通の問題なんですが、一般名詞としてのワーカーズコープの場合には『構成員はみな経営者で、事業を共同で運営しているから使用従属関係・雇用契約関係はなく、したがって労働者のための労災保険・雇用保険・健康保険・厚生年金の適用はない』などという犯罪的発言が上級職制から飛び出してくることもありそうです。
これとは逆に、『出資金を出さないから社会保険には加入させない』ということも考えられますし、職安や労基署には『この人達は労働者です』と言って労働保険には加入させ、労働者には『私たちは労働者ではありません!雇う・雇われるの関係はありません!』という二枚舌もあり得るでしょう。
なんにしろ、そこでの労働があなたの現在と未来の経済的安定を捨ててまでなすべきものでないならば、大抵の場合はそこから離れたほうがいいと思います。
名ばかり管理職という言葉があります。労働者を肩書きだけ管理職にしておいて実際にはそうした実情がなく、労働基準法第41条の例外規定には該当するから時間外労働割増賃金を支給しないとして酷使される立場を指す言葉です。
さしずめ上記のような、上級職制横暴現場労働者圧迫型の自称ワーカーズコープは、さしずめ『名ばかりワーカーズコープ』とでもいうべきものです。派遣切りや名ばかり管理職が、移り気なマスコミに時折の脚光を浴びる陰で少しずつ、名ばかりワーカーズコープ問題は拡大していく可能性が高いと僕は憂慮しています。もちろん、こうした事業体でなんらかお困りの方の相談は積極的に受託します。
関連情報
当ブログ
こちら「名ばかりワーカーズコープ」相談室 コメントへの回答
当事務所ウェブサイト
労働相談のページ 来所・電話・出張等による労働側の労働相談
こちら給料未払い相談室 給料未払い等、小企業の労働紛争への対応
※当事務所では平成29年6月時点でも、上記リンク2件に記載の条件で相談・ご依頼をお請けしています。
2010.3.13.追記
上記で挙げた名ばかりワーカーズコープにおける労働紛争は、やはり労働側からの仮処分申立という法的措置にもつれ込んでいます。仮処分なので僕は書類の閲覧はできないものの、さぞかし妙ちきりんな主張が企業側から出てきているものと推測しています。また、今年に入って『ワーカーズコープ』をキーワードとする検索でこの記事にたどり着く方が増えており、かの団体における労働紛争がなんらか拡大・深刻化しつつある可能性を危惧しています。
名ばかりワーカーズコープにおける残業代不払いなどの労働紛争・出資強要や返還請求などの対応に関する労働相談は、リンク先のフォームからお寄せください。フォームによる最初の一回の問い合わせには、無料で対応しています。
2012.3.14 追記
この記事には、一般名詞としてのワーカーズコープに該当する団体で就労された方のコメントをお寄せ頂いています。いただいているコメントが、現にこうした団体で困っている方の参考になるよう、コメントはなるべく掲載するようにしたいと思います。ただし、特定の団体を指していることが読み取れてしまうコメントについては、こちらで事実確認ができないために避けていただきますようお願いします。そのようなコメントは、団体名が特定されないよう運営者側で最低限の訂正をさせていただくことがあります。
2013.5.6 追記
この記事には皆さまから引き続きコメントをいただいておりますところ、コメントを拝見するかぎり状況は改善されていないように見受けられます。当事務所では引き続き、労働者側でこうした団体での労働問題に関する相談を受け付けています。
なお、この記事を含む当ブログには、記事中で問題としている事業体の管理者側からの閲覧がある可能性を否定できません。直近でコメントをいただいたstonesさんを含め、コメントに記載の資格・就労や出資の時期等からスクリーニングされて個人を特定できてしまうおそれがあるコメントは、運営者側で最低限の箇所を伏せ字に変えますが、その必要がない場合はコメントに記載していただければご指定に従います。
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