平成20年5月31日 23時55分 -名古屋市緑区-
地下鉄の終着駅から徒歩10分の賃貸マンションで、一人ポスターを取り外す男。取り外されたポスターは
『登記・供託・訴訟等の手続には依頼者の皆さまの本人確認及び意思確認が必要です 日本司法書士会連合会』
誰が見送るでもない、あっけない幕切れ。どこからか虫の声が聞こえてきます。ポスターを畳みながら一人そっと目頭を拭う彼は、その地でその日まで司法書士事務所を…曲がりなりにも経営していたはずでした。
そう、その場所はあしたから、司法書士事務所ではなくなるのです。
と、言う情景があったかどうかはさておいて。
今日から他の事務所で働くことになってしまいました。司法書士業務だけを中村区のほかの土地家屋調査士+司法書士事務所に移すことになったんですが、本件移転については
古い友人達は 深い懸念・違和感・あるいは不快感を表明し
僕をよく知る一部のお客さまは 賛意を表しつつも一抹の疑問あるいは寂しさをもってその決定に接し
事情を良く知らない方々は呑気に喜んでいる
ということでこの対応には大変満足しています。
その事務所に…事実上の被吸収合併される経緯自体一つのネタなんですが、いまそれを口にできる立場でもありません。ただ一つ言えることは
今度の事務所における僕に割り当てられたワークスペースは
幅90cm奥行き60cmの机一個分だ
ということ。客観的にはそういう状況であって、3LDK72㎡のマンションをまるごと一日使えていたこれまでと比べれば、立場の変化はあまりにも明らかです。(使用するパーソナルコンピュータのクロック周波数は200MHzから2.8GHzになってますが…特に使い勝手は変わらないようです)
ただ不完全ながらも国体護持に成功した(?)結果、そちらに詰めている必要があるのはせいぜい週4日程度、依頼を受託するかどうかは僕の勝手、裁判事務の開始にあたっては全件面接必須、合同事務所の費用負担には応じるが報酬分配はしないし受けない、ということでコンプライアンス面での問題はまずまず回避でき、言ってみれば公証人合同役場のそれにかなり近い事務所内事務所になるはず、です。これまでどおり労働事案も受託はしますが、これらの書類の起案は社会保険労務士事務所として残した自宅で呑気にやることにしましょう。
で、さっそく勤務第一日目。その合同事務所、集客能力だけは異様に高く全国とんでもないところから借金相談の電話がかかってきます。
それらの電話にどう対応し処理してきたかは正直口にはできません。ただ、今回僕が転入したことによって、そちらの事務所にいくばくかの改善がもたらされたとは思います。ただし。問題は電話を受ける司法書士が
全件直接面談必須の旅行書士だ(笑)
ということ。つまり。
- せっぱつまったお客さまと!
- 集客能力だけは全国区な事務所と!
- 移動能力だけが異常値を示している司法書士が!
出会ってしまったら(失笑)
今日のお電話はまさに一触即発でした。発信市外局番は09●●-。沖縄本島です。任意整理ができる案件ではあるのですが担当者は当然ながら不在で受託の余地なし、ということで「この場合取りうる手続きには任意整理と特定調停がありましてうんぬんかんぬん…できるだけ沖縄本島内で探してくださいね」と申しましたらお客さま、
「特定調停なら先生がやってくれるんですか?」
キター!と叫びたいのを我慢して
「いえ確かにお受けしないわけではないんですが、交通費はかかりますけど…六月下旬に債務整理で九州まで行く用事はありますから、鹿児島-那覇間往復の交通費を出してもらえればお伺いします」
これであきらめると思いきや、間髪いれずにそのお客さま
「じゃ、お願いします!」
僕が犬ならここで尻尾を全力で振ってただろうな、と思いつつ
「いえ大変光栄なんですがね、でも債務整理なら(労働事案なら即決だけど!)沖縄本島南部でも受けてくれる司法書士や弁護士さんがいるはずなんで、お客さまはインターネットで事務所を探せるんですから一日はよく考えて探してみたらどうですか?そこでの説明や費用に納得できなければ、またご連絡ください。ワタシ行きますから」
と言って電話を終えました。時に20時04分。理不尽な徒労感が残りました。
できればこのお客さまが沖縄本島内で、いい担当者に巡り会えることを祈ります。なお、こうした場合に法テラスの電話番号を紹介している事務所もあると聞きますが、少なくともインターネットで自力で検索できて法律扶助の適用を狙わない案件では、僕はむしろ適当な検索語を示してもうしばらく探してみるようにお勧めしています。この場合には少なくともお客さまに『依頼する先を選ぶ自由』は確保されるので。司法書士や弁護士のサービス品質が必ずしも均一でない以上、その沖縄本島のお客さまにとっては法テラス地方事務所も愛知県名古屋市の旅行書士もおなじように「一つの選択肢」として等価なもの(選びたければ、選べる、という意味において)として存在してもいいのではないか、と。
もちろん、受けてみたいに決まってますけどね(失笑)
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