倫理違反な、誓いの行方
そのお客さまは20代後半。素敵な女性です。
僕と彼女とは、ちょっと人目をはばかる関係にあります。
と言っても、午後から始まる裁判の当事者尋問まえに入った美味しいスパゲティ屋さんで、フリードリンクとして提供されていたワインを一口だけ二人でいただいてしまう、という程度の関係ですが。(ま、清めの一杯ってことで)
冒頭の表現で、以後の展開におかしな期待を抱いた閲覧者ご一同様は適当に放っておいて話しを先にすすめましょう。
凡百の法律家または自称法律家が依頼人とカンタンにどうこうなれるほど、世の中甘くはできてないはずです。
1.-司法書士倫理第68条-
『司法書士は、事件について、依頼者に有利な結果を請け合い、又は保障してはならない』そんな規定があります。
僕は過去に一度だけ、自ら望んでその規定に反する言動を取ったことがあります。今日はそんな話しです。
2.-労働事案じゃ、ないんだけど…?-
彼女のご依頼は、裁判事務。当然ながら当事務所ウェブサイトを見て、電話を下さいました。初めての電話における僕の対応は、ずいぶん冷たいものだったと、それから20ヶ月たった今もまだおっしゃる、というのですからきっとそうだったのでしょう。
その後の相談を経て、某地裁支部に取締役報酬等支払請求訴訟を起こすことになったのですが…最初の電話から提訴までに、実に5ヶ月ひっぱっています。別に僕がとろくさいわけではなく、僕はそのほうがお客さまのためによいことだと判断したから。この事案、取締役報酬のほかにも実にいろんな問題がくっついてきていた、ということもあります。通常の事案とちがって、訴状に記載の取締役報酬が取れれば解決、ではない、というのは訴状作成時点ですでにわかってはいました。
3.-『あなたを、勝たせてあげる』-
相手になったのは、数歳下の社長。提訴に至る交渉過程でのこいつの言動には、随所で僕のやる気を強烈に盛り上げてくれる面がありました。「司法書士なんか、何の力もない」と僕のお客さまに強がった内容を録音されてしまった今となっては笑止千万暴虎馮河というべきなのでしょうが、最後の話し合いが不調におわった過程で、この人のおかげで僕のお客さまがどんな目にあってきたか、そのごくごく一部に接して僕の中に生まれたさまざまな感情が、こう言わせたのだと思います。
世の中には、実現可否にかかわらず『守らなければならない尊い何か』は確かにある一方で、僕らの相手方はそれを踏みにじって恥じない奴にしかみえなかったし、僕には言葉によってしか、僕のお客さまに手をさしのべることができないなかで…いちばんの効果を期待して言ったのが冒頭のことばです。提訴時点でそんなことを、安易に口にしてはいけない、それはわかっていたけれど、その実現の難しさも知っていたけれど…どうしてもそれを言わなければならない、そんな気がして倫理規定の条文の外に半歩踏み越えました。こうして、『勝たねばならない』裁判がはじまったのが、今から14ヶ月前のことです。
4.-『コクられるのかと思った♪』だと!?-
- 親の心、子知らず。
- 代書人の心は、さて…?
それなり以上に重大な決意と姿勢と表情と語調で放った誓約文言なのですが、きゃははとばかりに笑い返したお客さまが言ったのは、上記の一言。
全身の関節が一斉に脱臼したらこんな感じになろうか、というほど力が抜けたのですが、後に語られたところによれば、それなりに嬉しかった、とのことです。やれやれ。
のちにこのお客さま、僕の妹分を自称しながら一面では女王様属性をもって君臨するに至るのですが、思えばその萌芽はこのときあったのかもしれません。
5.-守秘義務につき省略-
期日は重なり、ときは流れて。このお客さまには結構な件数のブログのネタをご提供いただきました。僕とお客さまの名誉のために(失笑)それら記事へのリンクを設定することはやめておきますが、いまそのお客さまを見ていると、
- このお方のアタマの上には赤いチューリップが一輪咲いているようだが?
と思えることがしばしばあります。お客さまはお客さまで僕を見ていて
- 奴のアタマの上には白と黄色のチューリップが咲いているのでは?
と思っている形跡があります。はぁ(嘆息)
ともあれ、いくつかの深慮遠謀といくつかの対立抗争(笑)といくつかの善意・理解・承認といったやりとりを経て、そのお客さまは当初事務所にこられたときより、ずいぶんいい表情をする人になりました。
ただ、これは人が変わった、というより、もともとあって隠れていたのが見えて育ちだした、というだけのこと、だと思っています。当初の見立てよりも頭の回転が速いのね、と気づけたころ、その日はやってきます。
最後の最後まで和解を拒否した…というより、きっと職務熱心な被告代理人の弁によれば『連絡がとれない(ってそれ仕事になってんの?)』被告本人のおかげで、訴訟は証拠調べへともつれ込んだのです。勝たせてあげるという誓いを、果たさなければいけません。4月2日、当事務所インデックスページに情報表示を加えます。
-重要事案への対応のため、4月15日まで依頼受付を停止します-
6.萌えてキタ、じゃなくて燃えてきた!
- 裁判所から原告被告双方に陳述書の提出を命じられた期限は3月31日。
- 尋問の日は、4月16日。
で。
弁護士がついていながら…被告側の陳述書がようやく出てきたのは
4月15日夕方(激怒)
この第一報がでた時点で僕は東京発の高速バス『知多シーガル1号』で大井川をわたったあたり。しかしここでは、当事務所のささやかな最新装備に救われました。先月導入した当事務所のファクス機は、受信したファクス原稿をPDFに組んで電子メールで転送してくれるのです。バスは1時間ほどで浜名湖サービスエリアに到着、灰色公衆電話からサブノートPCでダイヤルアップ接続してメールをダウンロードしながら、おなじ公衆電話で同時に音声電話を発信してお客さまと通話します。おそろしい勢いでテレホンカードの度数が減っていきますが、灰色公衆電話の機能をある意味フル活用しています。10分間の休憩で打ち合わせを終えて、書類の検討を開始。こういう職業代理人がいいかげんに作ってきた書類をこっぱみじんに吹き飛ばすのが、この商売最大の醍醐味です!
7.-和解成立-
お客さまによる反対尋問は、実に楽しいばかりでした。どんな技をかけてもきまる、と言った感じ。尋問のネタになる被告側作成書類がもともといいかげん、というよりウソ八百並べてあるにもかかわらず被告も代理人もさしたる検討をしていない、というものである一方、アタマにチューリップが咲いてる割りに腹の黒いお客さまじゃなくて旅行書士は前夜の睡眠時間を大幅に削って、被告の行く手に反対尋問計画=地雷原を構築して待っていたのです。原告本人尋問では、相手からの反対尋問で一箇所ヒヤリとする場面もあったものの、僕のお客さまにはこれで桐のバッジを着けたらそこらの●●書士よりよっぽど見栄えがするよ(って言うか、風采の上がらない旅行書士事務所に来る客いなくなるよ(汗))、と言いたいくらいのキレイな尋問風景を見せてもらいました。
さて和解の交渉にも、見るべきものがありました。こっちが被告を、かなり念入りに叩いたこととは関係ないはずですが、妙に被告側代理人の態度がフレンドリー、かつジェントルです。もともとこの地裁支部の裁判では、弁論準備期日に傍聴を申し入れたものの相手側代理人の拒否により入室を拒否されるということがあって、僕もこの代理人には大いに含むところがあった(やる気と仕事に反映した)のですが、裁判官との話を終えてでてきたその彼が当然のような顔をして言うには
わたしも司法書士さんの入室を拒否しませんから♪
さてはこいつの頭にもチューリップが二~三本生えたのか、弁論準備のときには真逆なこと散々言ったじゃんか、とばかりに見つめ直そうと思ったのですが…おっとっと。
地裁の訴訟の弁論和解で裁判官が原告本人を説得できる機会を見られることは、決して多くはありません。でもって、入ってしまえばその立場を十分に活かさなければいけません。
だって、僕は入りたいと言って入ったのではなく、裁判官から入れと言われ弁護士からは入るなと言わないといわれて入るのですから。
8.-『春が来れば、女はみな美しくなる』(※1)-
結果としてきまった和解条項は、相手からの長期分割払いを認めるかわりに、支払をおこたったら支払額が二倍になる、というもの。相手がすべて任意に弁済を終えた場合を基準にとれば引き分け的和解、もし支払を怠った場合には勝利的和解、といえる内容だとは思います。内容も悪くはないのですが、やはり裁判の外でお客さまの状況がとてもよくなったことが、とても嬉しい、そんな事件が一つ落着しました。
さてこの事案、誓いが果たされたのかどうかは、他ならぬお客さまだけが知っていることです。ヒミツにしておいてもらうのも悪くないのですが気が向いたら、コメントを入れてもらえると嬉しいですね。
※1は浅田次郎『オリヲン座からの招待状』からの引用です。たしか去年の春は大正時代生まれの独身女性にそんなことを言って場の雰囲気を和ませてましたが…ハテなにか問題でも?
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