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教科書にない展開 集計できない結果

三ヶ月ぶりに、すずきしんたろう事務所労働裁判事務統計を更新することができました。これまで放っておいたのは理由がありまして、去る7月に申し立てた少額訴訟債権執行申立事件が少々特殊な経過をたどったためです。

差押えようと狙ったのは銀行預金債権です。この残高は一応あったのですが、よくあることでこの銀行さん、債務者会社に融資をしており、融資している分と預金を相殺してしまうことは当然ながら可能です。債権差押の制度上は、第三債務者たる銀行さんに貸金と預金とを相殺されてしまった場合、差し押さえたお客さまには一円も支払われません。このことがわかったのが8月下旬。

・・・が。銀行さんのとった措置はなかなか人情味あるものでした。

とりあえず差し押さえられた金額だけは別段預金に移したのですが、会社が借りてるお金については期限の利益を喪失させて(つまり、毎月分割払いでお金を返せばいい取り決めを反故にして、ということ。個人のクレジット・キャッシング・住宅ローン契約にもついている、恐い条項です)一括返済を迫ることをせず、会社から差押債権者である労働者に自発的に差押金額と同額を支払わせるよう、お馬鹿な社長に仕向けたのです。銀行さんの担当者と話をして、これを確認できたのが9月。

ここで、債権者with旅行書士-銀行さん-債務者会社とのあいだに、一種の三すくみの関係が成立します。すなわち、

  1. 債権者陣営は、会社側より弱いが銀行さんには強い。差押を取り下げないかぎり会社に直接できることは無いが、相殺するかしないか態度未定の銀行に対しては取立訴訟を提起して手続に巻き込むことはできるため。
  2. 銀行さんは、債権者陣営には弱いが債務者会社には強い。態度未定のままだと債権者陣営から取立訴訟を提起されてしまうが、債務者会社への貸金債権について期限の利益を喪失させるかどうかを決めることは、銀行さんだけができるため。
  3. 債務者会社は、銀行さんには弱いが債権者には強い。銀行がもし、貸金債権について期限の利益を喪失させて一括返済を迫ってきた場合、額によっては会社がつぶれるほどのダメージを受けるが、債権者は会社に対して差押申立以外に直接的攻撃をかけられないため。

さてこのにらみ合い状態を打破すべく動いたのは、当然ながら債権者陣営です。具体的には、上記三すくみの状況なので債務者会社にはほとんどアプローチせず、もっぱら銀行の担当さんと話して(内容は秘密です)お馬鹿な社長が差押手続外で自発的に、お客さまにお金を支払うよう求めたら、最終的にそうなったわけです。これが実現できたのが、10月。

結論として、差し押さえた預金からお金を取れたわけではないのですが執行費用まで含めた全額を支払わせることに成功したため、これは『成功』として統計にふくめてよい、という判断ができ、それを加えてデータを更新したのが、昨日10月31日、というわけです。このあたりの銀行さんの挙動は、さすがに『自分で強制執行ができる』系のハウツー本にも民事執行法の教科書にも載ってません。おもしろいものを見せてもらいました。

ここで得られた教訓として、労働者側が会社側の預金債権の差押えを企図したときに、仮に会社が銀行からお金を借りており、差し押さえても相殺されるという可能性がわかっていても、『だめでもともと』で、差し押さえてみたほうがよいこともある、ということがあります。そのまま会社に破産されたらどうしようもないのですが、預金債権と相殺された後に残ってしまう貸金債務を銀行さんに一括返済できない会社側が、差押申立の取り下げを労働者側に求めてくる、こちらはそのタイミングを捉えて任意に支払を迫る、そういう目的での差押申立は『あり』なのだと。

去年は会社を潰して未払賃金の立替払いの適用を受けるために仮差押申立をつかったことがありましたが、差押えとは関係ないところで支払を受けたいから差押申立、というのも、手続としては使いようがある、ということです。

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