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急転直下大団円

1. 即時待機 -7月30日4時25分-

 夜を徹しての執筆の甲斐あって、訴状完成。折しも雷雨が降り出したところです。稲光が西から近づいてくるのを気にしながら、まずはPCの電源を切って昨晩入りそびれた風呂に入ります。完全徹夜を覚悟していたので、予定よりは若干早い作業状況です。

本件事案は本文15ページ別表25ページ、附加金込み請求額198万円で割増賃金・有給休暇中の賃金請求を骨子としています。証拠書類は甲第28号証までと比較的少ないこともあって、書類をスキャンし番号を付与して印刷する作業を行わずに、7時までいったん仮眠に入ります。これらの作業にはそう時間がかからないと踏んだことと、この書類を『使わない』可能性を捨てきれなかったのも理由の一つです。


 今日の記事は、

 職業代理人を向こうに回して提訴予定日当日に、未払賃金をめぐる交渉を妥結できた幸運なお客さまと、それを喜びながらも少々フクザツな心境の代書人のはなしです。成功例というよりは、むしろ失敗例というべきでしょう。


2.『ニイタカヤマノボレ0730』 -7月29日 21時35分-

 お客さまとの最終打ち合わせで、次の方針が決まりました。

  1. 現時点より、直ちに通常訴訟での提訴のため作業を開始する
  2. 7月30日13時30分を以て、裁判所窓口に訴状提出。ただし同時刻までに交渉妥結できた場合には、電話連絡を受けて提出中止。

 これを受けて、僕の眠れない夜がはじまります。100万円を超える未払割増賃金の計算過程を明らかにすべく先週、満を持して相手側に放たれたこちらからの通告書に対して、相手側弁護士からは『支払いを行う方向での、話し合い希望』が出てきてはいたのですが…なぜか連絡がつきません。あちらさんが腹黒い人物なら、ここで引き延ばしを図るのはそれなりに魅力的です。それはこの事案の交渉、というより衝突経過が大いに関係しており、僕が作戦発動日の前日夜まで準備を渋ったのもこのためなのです。話は半年前にさかのぼります。

3.労働相談 -1月下旬某日 夜-

 事案としては、よくあるサービス残業の相談でした。ただ問題は、そのお客さまの就労期間が長いためすでに一部の賃金支払請求権が、時効消滅していること。あとは、労働条件が明示されていないため、賃金形態の解釈の仕方によって、最低賃金法違反を構成する可能性がでてくること。ただ、これはうまく叩けばこっちの立場を有利に持っていけるかもしれません。お客さまの当初の計算では、別に紛争になっている有給休暇取得にともなう賃金部分をふくめて70万円程度の支払を得ると考えられていたようですが、僕のみたところ割増賃金部分だけで70万円~80万円程度ありそうです。ですが毎月の給料支払日が末日ということなので、まずは二年前=平成17年1月末日分の未払割増賃金の時効消滅を阻止するため、厳密な計算は行わずに、単に『未払の時間外・深夜・休日労働割増賃金の支払いを求める』旨の内容証明郵便を作成発送するよう指導、これが1月30日に相手方に到着します。なお、ここでは労働相談以外に料金不発生。まずあちらの出方を見たいというのが我々の思惑です。

4.示威行動 -2月初旬某日-

 文面だけみると、やる気満々の回答書が返ってきました。総請求額100万円程度のこの事案に、相手側ははやくも弁護士を選任し、この人が代理人として内容証明を送ってきています。こちらの割増賃金の支払い請求に対し『計算根拠を明らかにせよ』というのはお約束だとして、結果的に退職時のまとめ取りを狙った労働者側からの有給休暇時季指定の効力を否認するために、あることないこと言いつのってきています…というか、僕のお客さまが会社のお金を盗んだとでも言いたいのかこの弁護士!

 ~ですがまぁ、向こうがこっちに難癖つけたいことはこれ以上なく明白にわかってしまったため、こちらの打つ手は事実上訴訟、少なくとも『訴訟準備が完成した段階での交渉』しかなくなってしまっています。この会社側からの回答書の時点で、支払意思があることを明示してもらえればもっと速く平和に向かって進めたのに。

5.攻撃再興 -7月中旬某日-

 その後いったん沙汰やみとなったこの案件、春を過ぎて夏になろうとするこの時期にいきなりお客さまからコンタクトがありました。べつに「あったかくなったから」ではありません。民法第153条の規定を、お客さまが覚えていてくれたおかげです。

民法 第153条 
 催告は、6箇月以内に、裁判上の請求、支払い督促の申し立て、和解の申し立て、民事調停法若しくは家事審判法による調停の申し立て、破産手続参加、再生手続参加、更正手続参加、差押え、仮差押え又は仮処分をしなければ、時効の中断の効力を生じない。

 ここで『催告』は、1月末にこっちが放った内容証明。この到着から6箇月以内=本件事案では7月30日まで、に提訴または民事調停申立に踏み切らないと、せっかく守っているはずの『2年前の、1月以降の割増賃金』が時効で吹っ飛ぶことになります。すでにそのデッドラインまで、約10日。ただ、いきなり提訴するのはちょっと勿体ない気がします。すでに5箇月空費したとはいえ、相手側代理人から『割増賃金の計算根拠を言ってみろ』と言われている以上、試しにやってみてダメでもともとだと割り切ればいいし、これを無下に放って裁判所に駆け込んだらそれはそれで、あとでどんな言いがかりを付けられるかわかったものではありません。とにかく大急ぎで、訴訟の維持に堪えうる精度で割増賃金計算を完成せねば後の手が打てず、ここで発生する『単純労働としての、勤怠記録の入力』を省略するためにお客さま手持ちのデータの提供を受ける、それと引き替えに提訴の際にはささやかながら値引きする、という取引が成立。これが7月19日付け『探して!見つけて!値引きして!?』の記事になります。これを受けて訴状に付けられるだけの計算表が完成し、まず相手側弁護士のところに送付したのが22日。回答期限を7月27日、つまり本当のデッドライン前の週末に設定してご機嫌を伺います。上記期限までに回答がなければ提訴というのが、この時点での基本方針です。ただ、この時点で当初80万円程度だと考えていた請求額が、100万円を超えると判明。当事務所に割増賃金支払い請求の依頼をされたお客さまがほとんど経験する、嬉しい誤算の一種なんですがここに至って「夢の七桁(笑)」という言葉が打ち合わせ時に飛び出してきます。証拠書類の状況からして、提訴すれば順当に勝たせてもらえる事案だということ。

 ~なお、この連絡書は内容証明でなくただの『配達記録』で発送。肝心なのは見かけより中味です。払う気があれば普通郵便で送ったって何か言ってきます、とお客さまには説明します。

6.休戦交渉 -7月25日~27日-

 相手側弁護士の対応は、妙に迅速でした。書類が火曜日についたはずなのですが、これを受けて水曜日、お客さまのところに電話がかかってきます。ただ会話の内容が問題で、

    •  支払うつもりはある
  •  とにかく話し会いがしたい

 というもの。ただ、これまで向こうに回した諸先生方の論理だと、100万円の請求のうち、1万円でも支払うなら「支払うつもりはある」ってことになりかねないのでこちらも頭を抱えます。あちら側の主張額がわからないのが何ともイヤらしい。これが30万だの50万程度なら鼻も引っかけずに訴状作成に邁進するのですが…

 とにかくお客さまには、相手側代理人とコンタクトをとるよう指示。ここでは言えないいろんな知恵を授けますが、7月27日金曜日の時点で連絡に失敗したことが明らかになります。普通の弁護士は、土・日はお休み。デッドラインの30日は、月曜日。これは困った!

7.最後通告 -7月28日-

 土日でもできることないかしら、と考えて考えて考えたら…ありました!

 問題の勤務先企業は、土曜日・日曜日とも営業しているのです(失笑)

 まさに灯台下暗し。こちらが職業代理人を付けてしまった場合、司法書士・弁護士問わず、倫理規定上『相手の代理人を無視して本人に直接アプローチをかけてはいけません』という決まり事があるのですが、

    •  僕は代理人ではありません。ただの狂言回しですよただの(遠~い目)
  •  お客さまも代理人ではありません。本人ですから

 ということでいま、お客さまが相手側雇い主本人になにか仕掛けても、一応問題は生じないと判断します。起案したのは、紙一枚。これを28日のうちに、相手側本人にファクス送付するよう手配します。記載事項はごく簡単なもので

 お宅の代理人と連絡取れないけど、29日までにお返事もらえないと訴えるよ

 というもの。これまた、ただの『ファクス』です。内容証明どころか、郵便で送ることすら勿体ない。

8.出師準備 -7月29日 深夜-

 結局このファクスに対しても、7月29日の時点で本人からも代理人からも無回答。一方で30日に提訴しなければならないことは当然なので、訴状作成にかかります。もっと早い時期にかかっていればいいのではないかとも思われるのですが、交渉で妥結できれば作った物が無駄になる、と迷っているうちに結局徹夜になってしまいました。

 この幻の訴状、論点はいくつかあって、実は毎月1万円『所定時間外賃金』という名目で支給されている賃金があったのですが、これを

 時間外賃金たる実質を有せず、実質的には基本給の一種

 として論理構成していたのです。もちろんここで相手の主張が通れば、支払い済みの時間外労働割増賃金が各月1万円分存在することになるうえに、割増賃金を算定するための通常の労働時間の賃金が各月1万円分減少する、ということで、110万円弱の請求のうち30万円以上が吹っ飛ぶ危険があるのです。

 とはいえ実はこの企業、基本給が強烈に安い(←労働相談やってて思わずやる気が出てくるほど安い)ため、もしこの賃金が本当に時間外労働に対する賃金だと仮定すると、

 最低賃金を下回る

 ということになる、そんな労働条件だったのです。ですので僕は、作成した訴状案で会社側に『最低賃金法違反の発生を認めるか・時間外労働時間に対する賃金でないことを認めるか』の究極の選択を迫ろうかと思っていたのですが…この部分が、最後の交渉でこっち有利に作用してきます。

9.戦果拡張 -7月30日 8時15分-

 お客さまから入った電話は、文字通り目の覚めるようなものでした。曰く、

 弁護士から先ほど電話があり、80万円なら支払う、と。

 こちらが今日出す訴状に記載した請求額元本は約110万円台。10万円分の有給休暇分の賃金と、100万円強の割増賃金の支払いを求める形になり、それに附加金の請求がくっついています。つまり、現時点では請求額元本に対して7割弱。

 ちと、少ない気がします。お客さまも割り切れない口調。ただ、裁判外で和解したければお客さまが仕事に出かけてしまう前の、この時間になんとかしなければいけません。焦りを隠して相手側主張の額の根拠を問うと

 毎月1万円は、時間外手当として払っているから、その部分24万円を引いた(で、10万円未満の端数を切った)と言ってます

 とのこと。ならば!

 ではいいですか?あちらの弁護士に、『それについてはこちらの主張と異なりますが、こちらとしては今後裁判手続で適切に主張していく予定だということと、
ただ、今ならその部分24万円の半分12万円を上乗せして92万円で和解に応じます』って言って…92万で妥結を狙ってみるのはどうです?

 お客さま、少々笑いを含んでいたかもしれません。ただ、これだと請求額元本の8割弱を裁判やらずに取れることになります。さらに、当初考えていた額より10万円以上多い。ともかく金額については納得頂いたうえで、いったん電話を切りました。長い長い、数分間がはじまります。

10.柳暗花明 -7月30日 8時24分-

 ※原典は陸遊の漢詩「遊山西村」。行き止まりになったかと思ったのに、新しい展開が開けることの意。

 お客さまからの電話は、簡潔でした。

 92万なら支払うって言われました

 と。あとは相手側代理人が作成する和解契約書案をチェックするだけ、つまり実務上の問題がいくつか残っているだけです。これに従えばお客さまは、来月中旬には一括で、このお金を手にすることができます。と同時にいままで作っていた訴状については、永久に日の目を見ないことが確定しました。どこかでもう少しうまくやっていればやらないでもいい作業をやった、それは確かなのですが、こうなった原因は僕にもお客さまにも相手側にもあるような気がします。そうしたわけで、当事務所では珍しい、というよりほぼ一年ぶりの、労働事案における『提訴前の、裁判外和解に基づく任意弁済』がようやく実現できたのですが、いろんな意味で貴重な経験をさせてもらいました。

 ともあれ裁判突入前に、請求として必ずしも通るとは限らない部分を含んでこれだけの金額が通るのだからお客さまにとってこんな結構な展開はなく、その限りでは底抜けに喜んでいいものである、これは確かです。7月31日は久しぶりに、伊勢市で友人の司法書士さんと、おいしいお酒をいただいてくるとしましょう。

2020.12.01修正

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