続 筑波山麓狸狩り期日
原告側勝利の和解成立後の、ラウンドテーブル法廷。さっさと退廷する裁判官。ふてくされて席を立つ被告たち。すでに次の事案しか考えてない書記官。傍聴席にいて、緊張がようやくゆるむ瞬間です。
ややあって歩み寄り、笑みをたたえて今日のこの結果を喜び合う、二人。ですがこの二人、当事者ではありません。
・・・どっちも、社会保険労務士です(ヲイ)
この瞬間だけは完全に二人の世界に入っており、顧客置き去り!(←いいのか?)と言った風情なのですが(いや実際お客さまは廊下で苦笑いしながら待ってましたね)、今日の解決は僕と彼とが社労士だったことが、かなり大きく効いてきている、と思います。
彼、というのも恐れ多いその大先輩は、『司法委員』。
そう、未払い割増賃金および解雇予告手当を請求した本件訴訟で、筑波山麓某簡易裁判所は司法委員に社会保険労務士を選んでいたのです。
この先生がかなりご努力なさったおかげで、請求の組み立て方としてはちょっと冒険だった今回の訴訟は、支払能力のかなーり怪しい社長のみならず、その屋号を引き継いで営業中の息子に債務を連帯保証させる形で解決をみることができました。
本件事案でなにより僕の最大の心配は、来月から老齢厚生年金の受給権は発生するもののさしたる財産が無く、今まで二回の期日ではまったく他人事みたいな対応をしてきた古狸からどうやって金を巻き上げる(あ、労働債権を保全する、という言い方もできますねぇ)か、だったのです。
和解成立後の今だから言えますが、合意するだけしてさっさと破産する人だっていますからね。そうならないように、そもそもの不払いを発生させた社長のほかに屋号を引き継いだ息子を最初っから被告に加えて訴訟を提起しておき、請求としては少々強引だし裁判官にもそう指摘されていながらも
−あ、必要なら控訴しますから♪ー
と被告のみてるまえで司法委員の先生に前回期日では言い放ったりもしつつ(合法的脅迫とでもいうべきかしらん)、時にはまじめに上申書も上げたり条件を調整したりして、なんとか若い息子にも強制執行できる状態で妥結することができました。
ま、一言で言えば『ざまーみろ』と。法律以前に僕の手持ちの正義感では、そういう言葉がでてきます。
・・・もちろん当事務所の見解として、狸社長の個人事業でもちいていた屋号を引き継いで同じ分野の事業をやってる息子には、商法第17条第1項の規定による、商号を続用する者として、狸社長の時代に発生した賃金債務を連帯して支払う義務があると・・・
今でも確信しております(公式見解ですからこれ。あくまでも公式な。核実験すら自国防衛のための正当な権利という『公式見解』をだす某半島国家と同じような性質の公式見解ではございますが)
ただね。こちらの論理構成が『訴状提出の時点では』少々怪しいものだった、それは否定しませんが、それを受けての裁判所の対応はほぼ一貫して
払うべきものは、払ってよ社長さんよ
というものであったことは疑いありません。この点で、第一回期日の時点で裁判官からこうした発言があったのに接したお客さまは大いに意を強くされたようです。そしてこれこそが、本人訴訟の醍醐味だということができます。自分の主張が受け入れられるさまを、リアルタイムに見ることができる。
対する社長陣営の対応はきわめて不実かつずさんなもので、弁護士に三万円出してどーでもいいようなペラ(答弁書という題目でしたが)を出し、あとは
- いま金がない
- だから払えない
- 息子は関係ない
- だが払わないとは言ってない
という中身のない主張で第一回・第二回期日での和解勧試を無駄にしてきました。原告側の法的構成に無理があることはさておいて、さすがの裁判官もそれじゃ焦れてきます。
その間こっちは、
- 請求額の二割を削り
- 利息の請求は放棄し
- 長期分割払いにしてあげる
そ・の・か・わ・り・に♪(といって以下のような条件を切り出す僕を『黒い旅行書士』というお客さまがいらっしゃるのですが…心外な)
- 支払をさぼったら、削った請求額二割の分も払ってよね
- ついでに息子を連帯保証人にしてよ(ここがミソ)
という条件闘争を、主として司法委員の先生に対して仕掛けて、その方向で被告側に説得がなされるよう仕向けて来たのです。
その甲斐あって、本日第三回期日。
長期分割にされた点をのぞけば、支払の確実さ(息子を、いわば人質にとった)でも支払額でも(支払が滞った時点で、訴状記載の請求元本の全額について強制執行できる状態を作った)、現実として望みうるもっとも条件のよい線で和解を成立させることができました。僕は大変満足です。
聞けば、いまは事業をたたんでしまったこの元社長、前の事業での借金もあるとか。
それこそあちらがずるい奴なら、裁判所では適当にウソついてとにかく息子を巻き込まない状態をつくり、和解成立後サクッと破産すれば僕のお客さまは泣くしかなかったわけでして。まさに薄氷を踏んでました。
それに、この訴訟…
もともと未払い金の一部について、被告側から分割で支払われたお金があり、それをこっちは提訴にあたって年14.6%の利息をきっちりふんだくって充当計算した=真っ正直に元本に充てたらもっと未払い金は減っていたはず(笑)という面もあり、いわばサラ金が多重債務者をいじめるような利息計算作業をやって請求額の目減りをふせいでいたので、未払いの発生から終結までの全期間において実際に手に渡るお金の総額は、取った利息のぶん未払いの元本を上回ることにはなります。
いや久しぶりに見ましたよ。賃金の支払の確保等に関する法律第6条所定の年14.6%の遅延利息を『ほんとに取った!』ひと。
その意味でも僕から見れば滅法うまくいったのですが、やはりこれは会社側がみずから不誠実な振る舞いをし、法廷内に味方がいない状態をつくってしまったのが最大の原因であって、いわば相手の失策に乗じて勝ってるに過ぎないのです。
もしこの事案、弁護士さんが司法委員について冷静に訴状記載の主張を分析されたら、息子に連帯保証させることができたかわかりません。その意味では、やっぱり『従業員に給料が支払われていない』という事実に対して敏感に反応してくれる人が司法委員になってくれていて大変助かりました。
和解終了後、傍聴席で喜びをかみしめる僕に先生のほうからツツツと近づいてきて、名刺交換を求められたのですが、みればこの先生、社労士にしてCFPでいらっしゃいます。ってことは、相続なんかの事案でも限定的に対処能力を持ってそうな気がします。
それに、県庁所在地でもない一地方都市の簡裁で、よく社労士を司法委員に置いてるよな、と思って聞いてみたら、やはりこの先生がこの簡裁唯一の『社労士の司法委員』だとのこと。
頑張ってください、こちらも自分のお客さまには社労士が司法委員になってくれることの良さをよく説明しますから、というようなことを言って別れたのですが、さて自分が20年後、あんなふうになることができているか、と考えると、ちょっと自信がございません。
ともあれこの事案、司法委員の存在をとても強く感じた一件となりました。ただ、やはり本人『だけ』が司法委員に相対するよりは、本人の脇にいて司法委員が受け入れやすい条件をきれいな形でだしてあげる、そうした働きは僕にとって重要であり続けるようです。
これは、先週終結した埼玉県某簡裁の事案でも同じで、やはり和解のときには代理権がなくてもその場所にいる、そして条件を当事者側から整える、ということをしなければならないし、それが不要だというお客さまの依頼は受けられないな、と思います。
さて、この依頼も、最初の問い合わせから約15ヶ月、晴れて終結することができました。僕も勉強になったこの事案、司法委員の先生が『名古屋からわざわざ期日ごとにやってくる、しかも顧問先ゼロと豪語する(笑)社労士兼司法書士』をどう思ったか、はちょっと興味がありますね。
この記事は、三月の『筑波山麓狸狩り期日』の続きです。
2020.12.01修正
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