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給料未払い:続 その支払督促、待った!

 給料未払いに悩む労働者の皆さんが、本人申立で支払督促を利用する…これはいかがなものか?というのが前回の記事でした。今日はその続きです。

 さて、では支払督促の何がいけないのでしょう。何か短所があるならば、それを選択してしまいたくなるのはなぜなのでしょう?これを、専門家ではない人の目線で考えてみようと思います。

1.そもそも支払督促とはどんなものか

 支払督促に関する綺麗な解説はウィキペディアあたりを見てもらうとして、特徴を一言で言うと、支払督促は

『お金の支払いについて強制執行を実現できるようにするために、裁判所の建物を窓口として受け付けられる手続きの一種で、相手の言い分を聞かずに開始されるが相手がなんの理由もなく終了させることができる手続き』

ということができます。

 ここで二つのことに注意して欲しいのですが、まず支払督促は『強制執行を実現できるようにするための手続き』とは言ってますがお金の支払を直接実現するためのものではない(笑)という点です。

支払督促が法的に最大の効果を発揮しても強制執行可能な状態ができあがる、というだけです。強制執行できる=差し押さえるべき財産が発見できない人に申し立てる意味はあまりありません。

もちろん道義的なハッピーエンドとして支払督促申立を受けた人が恐れ入って自発的にお金を払ってくる、という可能性は一応考えられますが、そんなものは単なる電子メールや内容証明から通常訴訟まですべての債権回収行動に共通する要素でしかありません。

 さらに、素人的なウェブサイトではこの支払督促を裁判の一種として説明しているものがありますが支払督促申立は『裁判所の建物が窓口だ』というだけ、であって裁判官は手続きに関与しません。訴訟や調停のように会社と労働者(債務者と債権者)の二者が対立してその主張について判断あるいは調整を裁判官に求める構造をとる手続きになってもいません。

支払督促申立書を提出するのは裁判所ですが、申立を扱うのは裁判官ではなく裁判所書記官ということになっています。『さいばん』という言葉から素人の人が連想する、なにか重厚長大あるいは強制力のある手続きとは全く異なるのが支払督促であって、支払督促をいたずらに推奨するウェブサイトではこれらの相違を隠しながら『裁判所(の建物)で扱う』という点のみを協調しているのだと僕は考えます。

給料はじめ労働債権の回収事案において支払督促はあくまでも、

  1. 労働者は一方的に申立ができ (労働者はここに惹かれてしまう)
  2. 会社側は一方的に申立を阻止できる (労働者は…ここに注目しない)

というものに過ぎないのです。

支払督促は相手が一方的に阻止できる手続きだ、というのがもう一つの注意点であって、これはむしろ支払督促における最大の特徴と考えなければなりません。

ならば、さしあたって今はお金の支払いをしたくない(あるいは強制執行=銀行預金の差押えなどを防ぎたい)経営者だったら、とにかく自分の都合で一方的に支払督促申立に対する阻止行動を取ってくるだろうな、なにしろ一方的にこの申立を阻止できるんだから…と思うことができない人がいるなら、その人は裁判所における手続きで未払いの給料を回収することは諦めたほうがいいと思います。

というより、むしろ泣き寝入りされるようおすすめします。
この先どんな手続きを選択するにしろ、相手の立場に立ってなにかを考えることができない人に債権回収は向きません。

2.相手が『一方的に』申立を阻止できる、とはどういうことか

 これを説明するまえに、支払督促の申立がどういう流れをたどるかを債権者(給料未払いに関する請求であれば、労働者)から見てみましょう。一ヶ月分の賃金未払い程度の単純な支払督促申立であれば、おおむね次の経過をたどります。

  1.  申立書類作成。ウェブサイトを見ながら適当に。あるいは裁判所で定型書式をもらってきて作る。
  2.  申立書提出・手数料や郵便切手の予納。ここで、制度上やむを得ず債務者会社の所在地の簡裁に提出。郵送で行う人もいる。
  3.  受け付けた裁判所では簡単な審査を経て支払督促を発付し、債務者方へ特別送達。この間、申立書提出から数日。
  4.  支払督促、債務者方へ到着。『二週間以内に異議を出さないと強制執行を受けることがある』ことは送付文書中に明示されており、異議申立書も同封されている。
  5.  債務者会社が異議申立書を出すのは、商号と本店(個人なら住所と氏名)を記入し押印して裁判所に送るだけ。単にこれだけ!
  6.  債務者から異議が出れば、申立債権者は手数料と切手をさらに納付し、手続きは同じ裁判所で通常訴訟に移行。または手続きの取り下げを迫られる。
  7. ご愁傷さま。

だいたい、こんな感じです。ごくまれに、債務者が送達を受けてから二週間たっても反応がない=異議申立がなされない場合には『強制執行できる』ようになります。この場合も、差し押さえたい銀行口座や売掛金その他の資産を知らない人にはほぼ無意味な状態ができあがるわけです。単にこれだけ、と言っていいでしょう。

上記のように債務者が支払督促に異議を出すのは市役所で住民票一通とるよりさらに簡単でして、住所氏名が書けハンコが押せてファクスの送信か郵便の差し出しが使える人ならだれでもできます。

異議を出すには理由は要らないので特にやましいことをするでもなく、まして支払義務は認めたいが分割払いの話し合いがしたいということであってもとにかく異議を出すのが普通だ、ということになります。

3.なら支払督促が奏功するのはどんなときか

 上記の説明を精一杯債権者(労働者)側有利に読むと、『債務者会社が書類の送達を受けることができ、送達されてから二週間以内に会社から異議がでず、しかも差し押さえるべき財産があると労働者側にわかっているとき』には支払督促申立を選んでもいい、ということになります。

 つまり相手が『確実に裁判所からの書類を受け取ってくれるが、異議はださない。しかも差押可能な財産がある』という状況下にある相手には好適なんでしょう。

労働問題でそんな奴がいるなんて想像もできません。

強いて考えるとすれば、個人事業主に対する給料未払いでその事業主が生きているけど交通事故で意識不明、書類は奥さんが受け取ってくれる…とか?

4.相手から督促異議が出ると、具体的にはどうなるか

 では支払督促でお約束通りに債務者側から異議がでると、具体的にはどうなるのでしょう?

 申立をおこなった債権者(給料未払い事案なら、未払いの給料について申立をおこなった労働者)に裁判所から連絡が入り、申立手数料の差額と切手を納付したうえで通常訴訟に移行する、ということになります。その直後に、債務者の異議申立書の副本も送られてきます。切手等の納付指示と同時に、通常訴訟の第一回期日が指定されることもあります。第一回期日は、相手の異議が出てから約1ヶ月後=訴状を新しく提出してから第一回期日が設定されるまでと同じ期間の間隔が空いてきます。

5.最初から通常訴訟を申し立てるのとどう違うか

 不利なことばかりです。まず裁判所への書類の提出から通常訴訟第一回期日までに要する期間が、支払督促申立書提出→裁判所から相手への送達→相手からの異議の一連の期間ぶんだけ遅延します。

僕が悪質な債務者なら、異議申立期限の二週間ぎりぎりまで引っ張って督促異議を出します。

裁判所からの最初の送達を受けたときに不在であれば、郵便局の保管期限ぎりぎりの一週間まで引っ張って再配達してもらいましょうか。実質三週間引っ張ることができてなおよろしい(笑)

 時間のロスは最大2~3週間発生するとして、費用はどうでしょう?通常訴訟への移行にあたって申立の手数料(収入印紙)は支払督促との差額をはらえばよいのですが、債務者への送達に使った切手1040円は丸ごと無駄、になります。まぁ、内容証明一回送る費用程度と思えばいいのかもしれませんね。

 なにより最悪なのが、『自分に有利な管轄裁判所を選べなくなっている』ことです。これは、支払督促は債務者の本店・勤務先事業所を管轄する裁判所にしか申し立てられないことによる制度上の制約です。

 ですので、過去に福岡の会社で勤務していた人が給料未払いに遭ったまま東京に帰り、郵送で福岡の裁判所に支払督促を出した→督促異議が出た、という場合には福岡の裁判所で通常訴訟を続けるか、申立費用を全部無駄にすることにはなりますが通常訴訟を取り下げて、なんらかの論理構成で自分に有利な管轄裁判所を選んで再度通常訴訟で提訴する、という二者択一を迫られることになります。

 つまるところ、『支払督促は手続きが簡単だから郵送で提出できます』というセールストークは督促異議が出た場合、かなり悲惨な結果をもたらします。

※ならば遠隔地の事業場に勤務していたような人は、本人訴訟を前提とする場合どうすればよいか?なんですが、なんとかして最初から通常訴訟にして管轄を(少しでも近いところに)選ぶか、本人での出頭を覚悟して『その遠隔地まで行かねばならないが、とにかく速く終わる可能性が少しでも高い手続き』としての労働審判を選ぶ、ということになると考えます。

6.支払督促より明らかに優越する手続きはあるか

 全編これ『給料未払い事案で支払督促は使えない』という本コンテンツでありますが、ならば代わりに選択できそうな裁判手続きはあるのでしょうか?いろいろ考えてみます。なおここでは一般先取特権の行使ができるほど証拠は揃ってないと仮定します。

 管轄が債務者側に有利になるのが我慢できる、というならば、実は労働審判がよさそうです。

費用的にも支払督促と申立手数料がおなじ、申立書の特別送達をしない裁判所(東京地裁はそれにあたります)なら予納郵便切手も少なく済んでしまい、相手が支払督促には異議を申し立てるのを前提とすれば労働審判のほうが支払督促より『速い・安い・うまい』結果にたどり着ける可能性がよほど高まります。

 ただし、労働審判は地裁本庁(および、小倉・立川の地裁支部)でのみ申立可能なので、申し立てる労働者の住所と会社の所在地との関係によってはさらに遠くの裁判所に行くことになることがあるでしょう。名古屋に住んでる労働者が浜松の会社に対して給料未払い事案で労働審判手続申立を行う場合、管轄裁判所は静岡地裁になって70kmほど余計な移動を強いられます。逆に、この例で相手の会社が熱海にあるような場合には静岡まで行けば済む、ということになって得することもあるはずです。

 経営者のパーソナリティが話し合いを受け入れやすい人であれば、民事調停を選択するのも一応考えられるのですが…そんな聞き分けのいい奴給料未払い事案では滅多に出現しない、という実情は無視できません。

 通常訴訟の管轄裁判所は支払督促や労働審判と違って、選べる可能性があります。

具体的には『義務の履行地』が原告の住所にあると主張することで原告労働者が住んでる最寄りの裁判所を選べる事案もありましたが、被告会社側に弁護士が着くと会社側最寄りの裁判所に移送するよう申立が出てくることがあります。管轄の選択肢が少し広いかもしれない、という点でだけ、通常訴訟は支払督促より優ります。

7.結び-支払督促の意外なオマケ-

 とりあえずこれまで述べたことを考慮して、あえて支払督促を選ぶなら止めはしないよ、でもホントにいいの?というのが本稿の結論であります。

 しかしながら、支払督促には一つだけ、ちょっと意外なオマケがついてくることがあります。

 具体的には上記2.で相手から異議が出てくるときに、間抜けな経営者が調子に乗って、あることないこと自分で書いてくることがあるのです。もちろん支払督促への異議に際して理由や経緯なんか書く必要はなく、文字通り余計、有害無益、なんですが…

 なぜか、これを出してくる人は定期的に出現します(笑)

 人はなにかやましいことがあると、聞かれてもないことをしゃべりたくなるんでしょうかね。この『支払督促への異議に記載されていること』後の訴訟では直接の関係はないものと扱われますが、それでも相手が書いた文書には間違いないので、続行する裁判等の手続きで矛盾を指摘できることがあります。

支払督促への異議程度なら専門家に相談するまでもない、という軽い認識で何か理由を書きたくなるのかもしれませんが、時として訴訟の勝敗を左右するほど相手にとって致命的なことが書いてあることもあり、そういう時に限っては支払督促で無駄にする費用も時間も管轄裁判所が遠くなることも、惜しくはありません。

 ま、積極的にこれを狙ってみたい、というほどのものではないんですがね。

もともと通常訴訟を覚悟していて、多少時間が余計にかかってもよくて、支払督促を申し立てる裁判所にも通いやすいような人なら冗談半分でしかけてみるのもよいかもしれません。

 ちなみに当事務所では、創業以来支払督促申立書類を作成したことは一度もないことを、最後に申し添えます。支払い督促のほか、給料未払い事案に対する法的手続きは当事務所ウェブサイト『こちら給料未払い相談室』でも説明しています。

2013.04.25追記

 当事務所でも昨年、支払督促申立書類の作成依頼を受けました。ただし労働紛争ではなく、申立をおこなっても異議がでない、ということはあらかじめ相手から了解が取れている、という特殊な債権回収の事案です。

 守秘義務の関係で実例とは少し違いますが、説明します。

支払督促申立と同時に進める別の和解契約で、

  • 相手(債務者側)から和解の内容にしたがったお金の支払いがある場合は、債権者は今回申し立てる仮執行宣言付支払督促に基づく強制執行はしない。そのかわり、相手はこちらの申し立てる支払督促に異議を出さない

という条項を作っておきます。もし相手が不払いを起こしたら強制執行できるようにする、というのは公正証書を作るより、お手軽でいいのかもしれません。うまく和解条項をつくると、わざわざ債務者を公証役場に行かせるまでもない、という可能性が見えてきます。

 少なくともそういうときには、支払督促の活用も悪くないですね。これを視野においたわけではないのですが、給料未払い以外の一般民事紛争での支払督促申立書作成も当事務所では受託しています。

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コメント

まさに今現在このような状況です。
支払督促のすべてが知れました。やはり他のサイトで言われるような楽勝な制度ではないんですね。勉強になりました。
このことを踏まえて申立しようと思います 笑

僕も未払い賃金にあったことがあります
退職後電話無視してたら、急に辞めたから多大な損害がでてますとか、残りの給料は払いません、というような手紙がきました
未払いは20万以上あったので絶対取り返そうと思い
とりあえず、法律に詳しい知人という設定で会社にメールを送りました
その3日後、給与明細と会社に置き忘れた私物が宅急便で届きました
給与もきっちり振り込まれてました

世の中の未払い賃金ってのは、多くは何もしないで泣き寝入りか労基署へいって結果的に解決ってのが大半かなと思います
法律事務所に相談に来るってことは、労基署で相手にされなかったか、相手がそうとうドケチか赤貧、もしくは詐欺まがいの業者だからすんなり解決しないんじゃないですかね

あと労基署は場所によってかなり当たり外れがあるようですから

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