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帰ってきた?過払い書士 春の夜の妄想

 これは平成20年4月6日付『過払い書士 春の夜の妄想』のつづきです。過払いバブルにイマイチ乗れなかった代書人が、外野席から眺めたバブルの黄昏の…多重債務者救済をうたう同業者にも営業バンザイの同業者にも眉をひそめられそうな未来のお話です。

 去年は過払い金債権の譲渡と相殺をネットオークションで組み合わせたらどうなるか、というお話でしたが、その記事を公開したあとに同一事務所内の別の依頼人にこうした債権譲渡と相殺を企てて懲戒をくらった同業者が現れました。当たらずとも遠からざる一つの可能性を描いたつもりの物語は、東京簡易裁判所8階からはじまります。

※もちろん下記記載はすべてフィクションです。昨年と同様、軽~く読み流してやってください。


起 -事件記録-

 パーティションの向こうでは、ショートカットの眼鏡っ娘がマイペースでワープロに取り組んでいる。大部屋の片隅を8畳ほどに仕切った透明ガラスのこちら側では、しょう油で煮染めたような親爺が新入りらしいおばさまに、コピー機を使用する姿勢の指導に余念がない。大規模な裁判所の司法協会にはたまに、産業用ロボットより高速で正確に裁判書類の謄写をやってのける化け物のような爺さまがいるが、彼もその一人になるのだろうか。

 両者の間に挟まれた細長い会議用のテーブルに、背もたれのない腰掛けが四つ。右上を見上げると、閲覧者に注意を呼びかける張り紙通りに監視カメラがこちらを見つめている。東京簡易裁判所民事訟廷事務室は、そんな場所だ。どちらの仲間にも入れない●●書士の都築はテーブルに置かれた二件の事件記録を目の前に、深い深いため息をついた。昨日第一回口頭弁論が開かれたどちらの事件記録にも、目をひくようなことは書いていない。原告の銀行振込先口座や、被告からの支払のスケジュールを発見したかったのだが、やはり期待は禁物だったようだ。

 表紙-郵券の使用状況-期日指定日-訴状-甲号証写し-許可代理申請書を未練がましくひっくり返し、都築は首をかしげた。原告であるレッドカード株式会社による二件の貸金返還請求訴訟の訴状をみているのだが、当事者目録に被告の、つまり(ほとんどの場合、レッドカードのような中堅クラスからの借入に流れる時点で多重債務に陥っているはずの)債務者の就業場所が書いてある。もともと書かなくてもよいはずのものだ。一体なぜ?

承 -義務供託-

 都築が東京簡裁をおとずれる3週間前。依頼人から事務所に送られてきたファクスをみて、都築は説明に窮した。

 最悪よりはましだ。でも期待したハッピーエンドにはほど遠い。

 その依頼は、不当利得返還請求訴訟の判決にもとづく債権差押命令申立。過払い金返還請求訴訟では全面勝訴したが、銀行口座を差し押さえたら、先行後行とりまぜてほかに4件の差押が競合しており、お約束どおりに銀行は供託をおこなった、とのお知らせがこのファクス、すなわち第三債務者の陳述書だ。銀行の供託金額は30万5千円。貸し出し残高150億円の消費者金融業者の口座とはとても考えられないが、敵さんもみすみす差押を食らうとわかってる口座にお金を置いておくことはするまい。競合している過払い債権者の金額からすると、都築の依頼人に対する配当率は10%弱、辛うじて差押え費用と利息は回収できそうだった。

 なるべく言葉を選んだおかげで依頼解除は免れたものの、このまま放置しておくわけにはいかない。依頼人の利益もさることながら、回収できなければ自分の報酬も得られない。都築よりは債務整理の依頼が多い同業者に事情を尋ねたが、任意整理でレッドカード社と和解した場合の過払い金返金率は20%、しかも支払日が10ヶ月先だとあっさりいなされた。その手の妥協ができないために、都築の事務所はいつまでたっても居宅の一部屋から分離できないでいる。

 とにかくこの先は銀行預金への差押えを連打していくしかないか。差押一発かませば1~2万は取れるだろうから…

 それにしても差押えの都度仕事熱心で良心的な諸先生方と競合するのはなんとかならんもんなのか。もっとも、先ごろ第二回目の債権者破産申立をくらった某貸金業者は受任通知を放ったとたんに債務者を訴えてくる一方で銀行預金の残高がカラッポ、財産の隠匿が素晴らしく進んでいるのだと言われてるから、それよりゃましなんだろうけど。まてよ。

 過払い金を返還せず業者の預金残高はカラッポなのに、その貸金業者は債務者を容赦なく訴えてくる…訴えてくる?

 独り言をつぶやきながら虚空をさまよっていた都築の視線が、天井の一点で停まる。

 貸金業者が債務者を訴える貸金返還請求訴訟に限らず、民事訴訟の事件記録は誰でも閲覧できる。たとえばレッドカード社の貸金返還請求訴訟のなかでたまたま和解か和解に代わる決定で終結する事案があれば、そこにはレッドカード社の未知の銀行口座が書いてあったり分割払いでの和解の支払サイクルが書いてあったりしないだろうか?

転 -第三債務者-

 世の中そんなに、甘くないよな。

 事件記録を閲覧するのがまず一苦労だった。かつては国内数カ所に支店を持っていたレッドカード社も、いまでは東京の本店一箇所が残るだけだ。都築の事務所最寄りの地裁本庁・簡裁で念のため開廷表を手繰ってみたが、この会社が原告の訴訟など一件もない。ものはためしと東京簡裁までやってきたのが前日のことだ。事件記録の閲覧には原告・被告・事件番号を知っている必要があり、それは当日の開廷表を裁判所で見なければわからない。泊まりがけの出張でなければ閲覧そのものができない。しかも、これは覚悟していたことだが前日に期日を開いたばかりなので、事件記録には口頭弁論期日の調書が綴られておらず、判決書も和解調書も当然できていないと、亀の子タワシのような頭をした書記官は遠来の●●書士に申し訳なさそうに、でも関わり合いになりたくなさげにつぶやいた。

 手ぶらで帰るのは癪だったから閲覧だけはかけてみたが、訴状には強制執行の手がかりとなる点はない。ただ、比較的単純に書けるはずの訴状にわざわざ当事者目録が付いており、債務者の就業場所の記載がある点を除いては。

 債務者の就業場所を訴状に書く意味はあるんだろうか?債務整理のコマーシャルがこれだけ氾濫してもなお、なにも知らない債務者が欠席判決で全面敗訴することは手元の事件記録が示している。それ以前に、送達をかけることが一苦労だからあらかじめ就業場所での送達に備えて、就業場所をとにかく書いておく扱い、ということか。なかば興味本位で就業場所をチェックしてみる。一件目は、長野県の地方都市の、どうでもいいような印刷業者だ。

 二件目で、都築はしばらく固まった。

 債務者の勤務先が、大手都市銀行支店になっている。事件記録をめくって送達報告書をみると、なんとその支店の窓口で送達がなされたとか。おそらくはその債務者に対する、職場放逐への秒読みが始まっているだろうか。

 こいつがクビにならなければ、レッドカード社が持つこの債務者への貸金債権を差し押さえたうえで、最悪の場合でも債務者に対する取立訴訟を起こしてしまえば、この債務者の給料が差押えられるのに。大銀行の給料ならとりっぱぐれもなかろうし、どうせレッドカード社もそれを狙ってるんだろう?

 いつもの癖の妄想が、都築の頭を駆け巡る。貸金債権もレッドカード社の『財産』として債権差押命令の対象となる以上、純理論的には過払い金返還請求訴訟で勝った債権者が、貸金業者が誰かに貸している貸金債権を差し押さえて悪い理由は全くない。レッドカード社の訴訟に関する記録は裁判所で誰でもみられる開廷表から当事者と事件番号を特定して閲覧しただけで、これまた情報の入手に違法性はない、はずだ。

 とはいえ、貸金債権を差し押さえてもレッドカード社からお金を借りているのはどこにでもいる多重債務者だから、財産がないことは当然想定しておかなければならない。これが業界最大手の刷毛富士だったら一日150件は東京簡裁で訴訟やってるから、文字通りよりどりみどりで差押え対象を選べるのに。

 「そうか!」

 閲覧室でいきなり声を上げる都築。後ろの親爺の視線が気になったが、どうやら高速コピー機への立ち位置を後輩に指導するのがよほど重要らしい。さて、訴訟になってるたくさんの事案から選ぶのではなく、一日数件しかない事案を『すべて捕捉したら』どうなるか?これはまさに発想の転換だ。

結 -バブル崩壊-

 こんどの陳述書は、いや陳述書は圧巻だった。レッドカード社の裁判書類閲覧から2週間後、都築は行動を開始した。

 1週間続けて東京簡裁に通って開廷表をチェックし、延べ23件のレッドカード社の貸金返還請求訴訟の事件記録を閲覧、判決正本または和解調書の送達ができている19件を抽出して、債権差押命令申立を行ったのだ。第三債務者が19人、宮城から高知まで散在している債権差押命令申立に、申立書を出しに行った目黒の民事執行センターの職員も目を白黒させていたが、そこは表面的合法性を強調して押し切った。

 この申立における第三債務者=つまりレッドカード社から貸金返還請求訴訟を起こされた債務者は、この債権差押命令によってレッドカード社への返済が禁止される。こんなときだけ用意のいい都築は、わざわざ各第三債務者に債権差押命令の効果を説明する文書を送ってあった。見かけ上は懇切丁寧であるものの、場合によってはレッドカード社の訴状で把握した勤務先に対する給料差押えを行う可能性の提示も忘れてはいない。

 その結果、第三債務者19名のうち12名から返済の意思ありという陳述書が送られてきたのだ。

 銀行預金口座への差押えなんか、かったるくてやってられるか!一回の債権差押命令申立で過払い金の三分の二を一気に回収したことに味を占め、都築は中小零細の貸金業者に対する絨毯爆撃的な債権差押申立を繰り返した。第三債務者が一人ふえるごとに3千円弱の切手代を余分に予納する必要はあるが、差押えが成功すればまずその切手代も貸金業者が有する貸金債権から支払わせることができる。それで最終的に貸金業者に渡るお金は減るが、そんなもんこっちの知ったこっちゃない。

 普通に銀行預金を差し押さえてもさしたる残高がなく、任意整理では1割2割の過払い金返還率にとどまる、つまり同業者が持てあまし気味の貸金業者に対し独自の方法で実績を挙げる都築の名がいくつかのブログや掲示板で興味本位に扱われ、都築事務所の月間売りあげが10ヶ月ぶりに100万円の大台に達するようになった頃、それは来た。

 冠省 当職は、株式会社まさかファイナンスの代理人として貴職に本書を啓上します。貴職がまさかファイナンスに対する過払い金債権者の依頼を受け、●●地方裁判所に対し申立書を提出した債権差押命令は請求債権額27万円にもかかわらず第三債務者を54名とするもので、差押申立にかかる執行費用として同社は14万円余の多額な負担を余儀なくされました。これは権利の乱用であって不法行為を構成するのみならず、品位を損ねる懲戒理由があると考えます…

 調子に乗りすぎたか!法律事務所からの内容証明に、都築の顔が紅潮する。心配げな顔をして電話を取った補助者が、遠慮がちに破局を告げた。

「先生、●●地方法務局総務課からお電話です。懲戒請求がどうとか言ってますが…」


 繰り返しますが、ここに書いてあるのはあくまでもフィクションです。実在の職能・官公庁・その構成員の見解とはなんの関係もありません。

 さてさて『過払い金返還請求訴訟で勝訴判決はとったが、差し押さえる財産がないらしい。どうしたもんだろう?』という、最近とみに深刻な問題意識からこんなことを考えてみました。こうしたろくでもない貸金業者に対して多重債務救済を標榜する諸先生方の対応は、残念ながら必ずしも有効とはいえない状況です。財産はきっちり隠すのに貸金残高を有する債務者は容赦なく訴えてくるのを嘆くいろんな先生のウェブサイトをみて、『じゃあ訴訟記録を閲覧してかたっぱしから差押えかけちゃえば?』などと考えたのがこの記事の執筆のきっかけです。

 ところで、もしこれを実際にやってしまうと、その貸金業者が頑張って(頑張らんでもいいのですが)訴訟を起こしまくって債務者を追い込めば追い込むほど、過払い金返還請求債権者が債権差押命令申立をつかってその追い込みを一定期間無意味なものにできる可能性が高まると考えられます。現実的には、期日を経て判決または和解調書が送達され、判決が確定し送達報告書が帰ってするまでの約3週間程度のあいだに発生した訴訟をすべて把握して、そこで判明したすべての債務者(金融業者からお金を借りており、かつ訴えられた人)に対して過払い金債権を持っている人が債権額を適当に割り付けて債権差押命令申立を行うことは不可能ではありません。

 なぜなら個人向け少額の貸金業者は大抵の場合、訴訟を経なければ強制執行ができず、そして訴訟をやれば事件記録はだれでも閲覧できる状態にさらされ、そこには差押えに必要な第三債務者(つまり、貸金業者からお金を借りているひと。差押命令申立をする過払い金債権者からみれば第三債務者にあたります)の氏名・住所・債権額・和解の成否などのデータはすべて入手できてしまうわけですから。

 つまり、やりようによって不当利得返還請求訴訟で債務名義を持ってる債権者は、貸金業者の全くほかの回収活動を妨害できる位置に立つことができるのかもしれません。今回の記事で狂言回しとして登場させた●●書士都築椿太郎にそうした駆け引きをさせてみる、という展開も考えましたが、現実的にはプロが反復したら懲戒をくらう可能性が否定できないな、ということでそうした結末にしてみました。でも素人のひとがやったらどうでしょうか?

 昨年の『過払い書士 春の夜の妄想』ではネットオークションという大がかりな装置と過払い債権者・貸金債務者の集団を想定してみましたが、今回はあくまで一人でできることはないか、という観点から執筆しています。本人訴訟でとにかく判決だけはとったが、銀行預金を差し押さえてもなにもなくて途方にくれている方も昨年よりずっと増えてきているでしょう。差し押さえる財産を自力で調べなければならない我が国強制執行制度に不信感を抱くのしかたないところですが、ここで挙げたやりかたは個人が一回きり行ってみるぶんには特に不当なものではないと思います。

 なお、これを実際に行うにはもう少し洗練されたものである必要があるでしょう。まず訴訟記録の閲覧に手間を惜しんではいけないし、開廷表で事件番号と当事者を把握したら10日後ぐらいに閲覧するようにしないと、判決や和解の内容がわかりません。また、期日調書をよくみて被告が欠席しているものは今後の手続きにも非協力的であることが考えられますので、金融業者との交渉より実際の過払い金の回収を目的としているならば被告が出席してきて和解か和解に代わる決定で終結している事案だけを慎重に選ぶ必要があります。この支払金額の1~2回分を差し押さえるのです。したがって、10万円の過払い金を回収するために第三債務者10人に一万円ずつ請求する、というのは別に極端な例ではない、といえる余地が出てきます。分割払いの和解では、一回の支払が数千円、ということもよくある話しですから。

 最後に、ここであげたことを実際にやってみる気は、僕にはありません。実のところ狙っているのは、貸金返還請求訴訟が分割払いで和解した事案で入金日直後に貸金業者の銀行口座をピンポイントに押さえる可能性です。和解成立から最初の和解金の支払いまでには、通常1か月程度の期間があきますから、名古屋から東京まで閲覧に行ってゆっくり準備することが不可能ではないのです。

 それにしてもね。

 それができるかもしれない、つまりその貸金業者が貸金返還請求訴訟を起こしているのが東京簡裁だけ、というのがねぇ…予想はしてたけど、名古屋でも大阪でもやってなかったときには落ち込みましたよ(嘆息)

 おかげで月末、もう一回東京行かないといけなくなっちゃいました(笑)この会社は目下、訴訟担当の社員が1名、こいつがなぜか『代理人の弁護士や司法書士が辞任して、残債務が残った』事案の訴訟を淡々と一日数件ずつこなしているという状況です。

 ただ、なぜ彼ら代理人が辞任したのかが気になります。ちゃんと答弁書も出してきてまともな会社に勤めていて分割払いの希望も出してくる、そんな債務者をもし彼らが(たとえば過払い金の回収だけやって!)切り捨てたならば、ひょっとすると僕は、業界の暗部をみているのかもしれません。

東京簡裁でみているその書類に、知った名前が出て来ないことを祈ります。

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