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労働審判本人申立雑感 その2

 労働審判の特徴の一つは『速さ(と、裏腹な当事者への負担)』にある、という前回の記事(労働審判本人申立雑感 その1)の続きです。前回の記事でも少し触れましたが、自分で申立書を出したり代理人を使わずに利用する際にも考慮しておかなければならない労働審判の特徴はまだあります。

3.担当者が労働法の知識が比較的豊富である。

 これは県労働委員会のあっせんに似る長所であり、労働審判の純粋な長所だといっていいでしょう。

 裁判官と審判員二名の集合体である労働審判委員会が発揮する知識は、大規模庁のごく普通の簡裁判事(簡易裁判所専用の裁判官)とは知識の質・量とも比べものにならないほど優れているので、請求額140万円以下の労働紛争に関する手続きを単純に簡易裁判所に持ち込むことには、今後かなりの躊躇を覚えます。各県の地裁本庁あるいは大規模な支部クラスの裁判所だと、労働審判ではなく民事調停を選択しても調停委員のうち一名に社会保険労務士が選任されることがありますが、裁判官が持ってる強力な説得力は調停委員にはないのが残念なところです。

 労働審判の制度ができたおかげで、少なくとも地裁本庁と同じ場所にある簡易裁判所にわざわざ民事調停を申し立てて労働事案の解決を図る意味はほとんどなくなったと言えるでしょう。これは、自分で申立をする場合でも代理人をつけて申立をする場合でも同じです。平成22年以降、僕も簡易裁判所でならば代理人として民事調停に関与できることにはなっていますが、だからといって民事調停を勧めることはありません。

 また、当事務所では東京・名古屋・大阪など労働専門部がある地方裁判所とおなじ場所にある簡易裁判所に訴訟を起こす場合には、これまではなんとか請求額をつり上げて(140万円を超過させて)簡易裁判所より地方裁判所に係属することを目指したこともありましたが、こうした簡裁判事を避けて労働法に詳しい裁判官に審理してもらうことを目指す行動が全国的に取りやすくなったともいえます。

4.申立段階での援護・準備は県労委のあっせんのほうが手厚い。

 前項ではあっせんとの対比で労働審判の特徴を取り上げましたが、では両者はどう違うんでしょう?合意後の内容に基づいて強制執行できない点ではあっせんは労働審判に劣ります。しかし申立書の作成・提出から第一回期日の設定までの準備は、あっせんのほうが『自分で申立をするひとにやさしい』面を持っています。

 労働審判手続申立書は、訴状と同じ精度かそれ以上の品質の記載を要求される(訴状に加えて、証拠説明書を添付することは当然に推奨されるし争点を予想して記載することももとめられる)ため、事案によっては普通の人が簡単に書けるものでなくなります。

 これに対してあっせんの場合は、申立書の記載は窓口で教えてもらえるし申立書の意味がある程度わからなくても担当者から繰り返し連絡がくるし、あっせん申立が受理されれば期日前にかなり充実した調査が先に行われます。というより、逆に言えば期日前の調査を熱心にやって期日は一回だけで合意を成立させる、そうしたことを目指す県労働委員会もあります。これはあっせんの長所と言えるでしょう。

 労働審判では、答弁書を出す以外に反対側当事者が期日前にやることはなく、もとめられもしません。

5.第一回期日から和解勧試がはじまる。

 これは地裁通常訴訟と比べた場合の労働審判の顕著な特徴ではあるものの、いいのか悪いのか判断に迷うところがあります。

僕が傍聴した事案では期日終了間際に、経営側の審判員から申立人に解決金額として

 『一本でどう?』

 とあけすけに言われてしまって傍聴席で思わず苦笑したことがあります。

 司法書士が申立人を支援して労働審判手続申立書作成にあたる場合には、第一回期日にいきなりお金のはなしをもちかけられることをよく申立人に説明したうえで、『いくらだったら手打ちにできるか』を考えておいてもらうことが強く望まれます。

 特に解雇無効を一応争うが実は解決金の支払いを得たい、という目的で地位確認請求の労働審判申立を行う場合には、相談者の意向としてこの解決金の額が現実的なものであるかどうかは手続きが選択できるかどうかを左右するでしょう。つまるところ、非現実的だと第三者が見て思ってしまうようなことを言ってる奴は相手にされないか苛烈な説得に晒されるだけです。

 ここでは労働側が譲歩する可能性について考えましたが、歩合給が高額な労働者の残業代を請求する労働審判でこちらの見込みよりずっと過大な和解案が出てきたこともあります。その事案では調停不成立となり、審判を経て通常訴訟で和解に至ったのですが、常に譲歩のみを強いられるわけでもないようです。

※ここで経営側の審判員という表現を用いていますが、県労働委員会のあっせんと違って制度上は労働審判員には経営側・労働側という区別はありません。ただ、発言の内容から事業経営や労務管理を長く担当しているらしい審判員だとお考えください。


 労働審判の特徴を、あっせん・簡裁通常訴訟・民事調停・地裁通常訴訟との対比で考えてきました。これまでに書かなかったことも含めてまとめてみます。

1.管轄(申し立てる裁判所)

 なんらか自分に都合がよい場所を選んで申立をおこなう、ということは労働審判ではできません。そもそも地方裁判所の本庁でだけしか行えない手続きなので、この点では県労働委員会のあっせん並みに不便です。

 ですので、たとえば会社を辞めて田舎の実家に帰ったあとで未払い賃金の請求をしよう、などという時には管轄を有利に選べる通常訴訟あるいは少額訴訟を採らざるを得ないことになるでしょう。また、たまたま地裁本庁と離れたところに住んでいるために、労働審判の選択をあきらめる、ということもあると思います。

 ある半島の先っぽに住んでいる人から自分で労働審判の申立をすることの適否を訪ねられたことがあります。

 この人の住む町から地裁本庁の所在地までは公共交通機関で片道2時間半かかります。ですので徒歩数分のところにある地裁支部で通常訴訟を起こすか、民事調停を申し立てることをおすすめしました。

2.準備の難易度

 通常訴訟より煩雑だと考えます。簡単に考えれば、通常訴訟の訴状で原告・被告と書いてあるのを申立人・相手方と書き替えればよさそうに思えてきますが、第一回期日で裁判官が心証を開示してくるため、もし申立段階でなにかミスした場合にそれを復旧する余裕がありません。

 そうしたことを避けるためには労働審判手続申立書作成時に申立人が努力して綿密な準備をするよりほかなくなります。自分で申立書をつくる場合はもとより書類作成だけを司法書士に依頼した場合でも、受託した司法書士には訴状と証拠調べの準備を一気にやるような負担がかかるのではないでしょうか。

3.当事者が主導権を取れるか

 裁判所側の関与が、通常訴訟より強いです。通常訴訟の場合には、しばらくのあいだ準備書面のやりとりだけが続きます。このため、準備書面を作成し提出する当事者が反対側当事者に影響を及ぼしやすくなるのですが、労働審判ではどうしても『当事者は裁判所が聞いたことに答える』傾向が強まります。

 当事務所のやり方として、通常訴訟では準備書面での殴り合いで相手の代理人を圧倒する・少なくとも負けない状態を作り上げて有利な和解に持ち込む、というが作戦行動の基本にあるのですが、労働審判ではこれができないので当事者本人と裁判所との会話にある程度任せなければならないのです。

 そして、裁判所が申立人に対して、素人に優しい立場から配慮の手をさしのべるか専門家とおなじ知識を持つ登場人物として処遇しようとするかは、文字通り運次第です。ですので当事者が、ひいてはその背後にいる司法書士が相手方に与えられる影響力は、通常訴訟ほど強くありません。司法書士からみた労働審判の危険性はここにあります。

4.手続きの進行

 とにかく濃密で速い、というのが労働審判の特徴です。県労働委員会のあっせんのように、合意するまで3時間もかけてとにかく一期日で終わる、ということはありませんが、一期日最低1~2時間程度はかかると覚悟したほうがよいです。その期日のなかで、各当事者の主張の対比・確認と事実上の当事者尋問をやってしまうため、本人がある程度はっきりと要領よくしゃべることができないとどうしようもなくなります。

 司法書士が関与する場合には、期日において裁判所が本人や相手側に何を聞いているかを把握できないと、主張の弱いところを追及しているのか単に確認をもとめているだけなのかがわからなくなります。ですので期日が終わったあとに司法書士事務所に依頼人を呼ぶだけでは『その期日に何が起きたのか・裁判所は何を考えているのか』の正確な把握に苦労する可能性が高いです。

 その反面で、貸金請求と過払い金返還請求訴訟が仕事の大部分だ、などというような簡裁判事に見当違いなことを言われる心配がないのは安心、とも思えます。

 各期日の重要性に関して、労働審判は通常訴訟とは全く違うと考えるべきです。

5.譲歩の必要性

 通常訴訟より高いが、民事調停より低い、という印象を受けます。民事調停では給料でも残業代でもとにかく払えないと言いまくれば調停不成立で終われますが、労働審判はその名の通り『審判』というかたちで裁判所の判断をだしてしまうことが可能です。つまり裁判所が労働審判手続きにおいておこなう調停では、常に背後には審判の可能性が隠れているわけです。

 ただ、労働審判の制度として期日三回で終わることを目指す以上どうしても厳密な事実認定は苦手のようです。請求のうち煩雑な・あるいは明らかに立証できない部分についてははっきりと譲歩、時にはその部分の請求まるごとの放棄をもとめられます。これに堪えられるか(金銭的に、あるいは思い入れとして)は申立人次第でしょう。


 以上で労働審判の本人申立に関するいったんの検討を終わりますが、この労働審判という手続きは、裁判官の裁量によって

  • 簡易裁判所の訴訟よりも本人申立に適するかたち(労働法の知識を持つ労働審判委員会が、本人を援護する)
  • 当事者に知識も技量も努力も期待して、専門的で高速で精密な審理を進めるかたち(労働審判委員会は中立的な立場で、双方の主張に対する裁定者に徹する)

のいずれにも進化していく可能性を秘めています。それがどうなるか、はまったく不明です。現在でもどうなっているかは各裁判所で異なることと思われます。訴訟代理人が選任される割合が低い裁判所では、おそらく前者の傾向が濃いでしょう。その反対に、なるべく代理人を選任するよう申立人に指導している裁判所もあると聞きます。

 ですので専門家に頼らず、ご自分での申立を検討している人には、労働審判手続きを選択するにあたっては

  1.  十分な証拠をもっており
  2.  法的に誤りのない訴状が書けて
  3.  弁護士を敵に回しても勝てる準備書面が作れて
  4.  必要な主張を当意即妙に展開でき
  5.  時には大胆に譲歩できる

そんな条件をいくつか満たしている人であることが望ましいです。

そんなんありかよっ(怒)

という声が上がりそうですが…じゃあ、そうですねぇ。

どうせ労働審判で負けたって、次は通常訴訟なんだからいいじゃん♪ということで=つまり、ダメでもともとと割り切って選択してやる!というだけの思い切りがあるならば、この手続きは結構魅力的だと思っていますよ。


 最後に、当事務所では裁判書類作成のほか、本人での申立のためにお客さまが自分で作成された労働審判手続申立書類の添削というかたちで本人による労働審判の申立を支援しています。サービスの内容は当事務所ウェブサイトをご覧ください。

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