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それは過ちの墓標

 わたくし、18歳で三重大学に合格したときから名古屋市内の図書館を日常的に使っております。そのころは、実家をはなれて住んでいた三重県鈴鹿市から名古屋まで出てくるのがそれ自体ちょっとした旅だったものです。

 その後もずっと、大学生→司法書士受験生→自分の労働訴訟提起→社会保険労務士受験→開業と、日常的に名古屋市内の図書館を使っていました。いつも使うのは、名古屋市立中央図書館と、愛知県勤労会館内の労働図書資料室です。私的な用事では、緑区・天白区の図書館も。

 ですが、ここ数年間近寄らなかった大図書館がもうひとつあります。

 丸の内にある、県立図書館です。

 ここは平成8年、当時大学4年生だった僕が、対人関係面で空前絶後の大失敗をやらかした、その結果33歳独身男性彼女無しの司法書士ができあがるのに大いに影響した、というより事実上の出発点になった場所、ということでその街区一帯の立入りを禁忌としていたのですが(もちろん図書館にはなんの落ち度も恨みもなく、単に僕がいまよりずっと不実で間抜けで臆病だったというだけで)、このたび久しぶりにその封印を解かざるを得なくなりました。理由はかんたん。

 火曜日の朝までに判例時報を照査したうえで準備書面を作らねばならず、かつ市立中央図書館が図書整理期間で休みだったから(爆)

 だれでも過去の自分の失敗を思い起こすのはそれなりに嫌なものでございまして、僕もかなーり複雑な気分で、みかけだけは当時とかわらない建物の中へ入っていきました。作業そのものはただの判例調査であって時間をかけてページをたぐっただけ進んでいくのですが…

 正直いって、10年前の自分はいまの自分のすがたを決して想像できなかったよな、と窓辺にうつる自分の顔を見てさえ、ある意味感慨深いものがあります。しかも今回の判例調査はなんとなんと『男女関係』。

 ・・・唯物論者の僕でも、なにやら神様にいやがらせされているような、そんな気がしてきました。なんぼなんでも自分の失敗の場所で他人の失敗の尻ぬぐいの調査とはね。正直言ってぶっ倒れそう、でございます。

 ただ、あの頃は責任能力がなくてなにも決められず何もできなかった、それに比べれば今はそれよりずっといい、のですがね。いまの公私ともに多事多端な状態が一段落したら、もう一回あの場所に行って、そのとき紹介してもらった小説を読み返してみようかな、とも思います。パウロ・コエーリョ作の『アルケミスト』という長編なのですが、この選定自体に、僕に対する痛烈な不満の表明(あるいは、優しく諭してくれたのかもしれません)が含まれていた可能性が、かなり大なので。

 僕がそこで泣かせてしまったそのひとから、来年もまた年賀状が来る、かもしれません。不実で間抜けで臆病な旅行書士の僕は、毎年そのひとの年賀状の到着を確認してから(名字が変わってた、とかこの世にいなかった、とか言う可能性が恐い)、出張先からの便りにかこつけて、元気でいるだけを伝えています。

 ・・・許されたことを、自らしないのも、過ち。

 ・・・してはならないことを、してしまうのも、過ち。

 他人の事案で自分の過ちや過去に受けた仕打ちを追体験するのは、この職業の『業(仏教用語の)』とでも言うべきものなのかもしれません。これは労働事案でもそうでして、この分野の依頼に応じる限り僕が僕の雇い主からされたことを平然と思い出せる日はこない、のかもしれないと考えています。まぁそれは自分で選んだ道なのですが。

 それにしても!


 だー 

    かー

         らー、

男女関係がらみの依頼は、イヤなんだよっ(怒)

 ついでにもう一つ!


 だー 

    かー

         らー、

丸の内にある名古屋の裁判所は、行くのがイヤなんだよっ(八つ当たり)

ああ、すっきりした(笑)

 ところで当事務所では、創業以来名古屋地裁・簡裁・執行部に申し立てた事件より『それ以外の裁判所』に申し立てた事件の方がずっと多いです。無意識に避けてるのかも。

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