過去の電話帳を用いた登記名義人の探索の可能性 1

事務所東側の丘はさみどりに萌えて、絶好の行楽日和です。
ゴールデンウィークの仕事が、もう一つ減りました。

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…ある労働訴訟。協議の場で口にしてきた未払い金額より1.●倍は多い計算表が、会社側から出てきています。

なにやらいい加減なもんだ、と裁判所の対応も含めて少々首をかしげざるをえませんが、ともあれ僕の仕事は1.●倍ラクになりました。

この表を直ちに詳細に検討して大規模に反論する必要はなさそう、ということで昨日の記事の続きです。


隣接地の所有者や過去の仮登記の権利者、ときには解散しちゃった会社の代表者…などとして登記上読み取れる他人に連絡を取る必要が、たまに発生します。

たまにしか発生しないのですが手続き全般に与える破壊力が大きい、というのがこの問題の怖いところ。あくまで「その手続き当時の」住所と氏名の組み合わせでしか表示されていないこれら所在不明者は、死亡したり転居したりしてしまえばかんたんに行先がわからなくなります。

一次情報として知ることができる対象者データは住所と氏名だけなので、死亡や転居にともなって住民票や除票がとれなくなったら公的な証明でただちに追跡することができないからです。

これを新しいツール(といっても古い資料)である『過去の電話帳』を活用して探せないか?というのが、ゴールデンウィークの僕の自由研究です。

登記上の所有者の所在がわからない、という問題は東日本大震災後にいったん注目されました。そのときの記録では、地権者2400名余りのうち最初は半数程度の人が現在の住所と一致していない、そんな情報があったはずです。

明治時代から相続登記をやったりやらなかったりしてきた農山村(の、中間貯蔵施設の予定地ということは住宅地や主要な農地からは離れているだろう場所)には、きっとどこでもそういう状況が隠れています。

不動産開発(原野商法とは言うまい)の跡地を巡っては、興味深い記事がありました。

『補償時報』108号(平成10年)所載の「山林分譲地の用地取得について--居所不明者の詳細調査等」によれば、中国自動車道の工事の予定地にかかった兵庫県の山間部、佐用町の別荘地(ただし、実際には別荘建設も道路開設も無く、机上で分筆と分譲があっただけであった模様)の地権者は64名。昭和40年代に分譲された=つまり昭和40年以降の住所氏名が登記上見いだせる地権者たちについて事業者担当者が平成初期にしたことは

○まず、登記上の住所氏名で住民票を取得した

 この時点での所在不明 23名

○次いで担当者が地権者住所地の役場に行き、住所地周辺の調査もおこなった

 この時点での所在不明 3名

ここで記事によれば調査地の役場で「かなりの情報」を得た、との記載がありますが民間人がこれを期待するのは野暮、というものでしょう。きっとかなりの情報があったんでしょうね(遠い目)

おそらくは徴税管理のために把握されていた情報かなにかをもらったと妄想しておいて、現地調査ではつぎのような人に話をきいた、とのことです。

  • 近くの派出所
  • 自治会役員
  • 米屋や酒屋
  • 近所の人。共同住宅なら管理人

このほか電話ボックス内にある電話帳を調べるなどの調査をへて、記事の時点で所在不明は3名に絞り込まれた、と。現時点でこの区間に道路は通ってますのでこの3名についてもなんらか解決が図られた、ということでしょう。わざわざ記事に書いてくださった、ということは電話帳もどこかで役に立ったはずです。

登記名義人たる所在不明者の探索方法としては上記のほか、国交省の所有者の所在の把握が難しい土地に関する探索・利活用のためのガイドラインのページ巻末の事例集には「お寺の過去帳」がわりとよく出てきます。これは調査対象者の生存時期が古い(明治から終戦直後あたりで登記が終わっており、あとは相続登記未了)の事例が多いからだと思います。

ガイドライン所載の事例は主に行政がやる所在不明者調査ですので戸籍謄本や登記事項証明書の公用請求が派手に使えるほかは、それで役所の記録が取れなければ現地で聞き込みしましょう、というのが現在の業界標準だ、と考えて差し支えありません。電話帳はあくまで「現在のものを、単に調査対象者の所在と電話番号を知るために」使われているだけです。

自分が住むための住宅など関心の高い不動産でなければ、昭和40年代の登記名義人も最初は3分の1が連絡不能の状態からスタートすることになる、調査の過程で聞き込みがどうやら必要になるとみんなが考えている…ということで時間もお金も限られている民間人には少々酷だと思うのです。

本コンテンツではこの部分、上記の例なら所在不明23名から3名以下に減らす作業を過去の電話帳の活用その他で置き換える、ということを検討するのですが…

すみません。実は過去の電話帳の所蔵は地方の公共図書館にはほとんどなく、東京の国立国会図書館にしか揃ってません。

結局それかよ(怒)と言われそうですが、まぁ僕のところで安く調査代行しますから勘弁してください、とごまかして話を先に進めましょう。

初夏の自由研究 開始の件

昨日は補助者さまの出勤日。贈与の登記申請書を作る彼女に、精一杯の笑顔で話しかけてみます。

「児湯郡西米良村の電話帳の世帯カバー率を知りたくありませんか?」

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・・・

・・・・・・

発言の不適切さを自覚させるに十分な、おそらくは1.3秒ほどの沈黙の後。
彼女のおとがいが右に振れました。ややあって、つぎは左に。

どうやら趣旨説明が必要なようです(相手が誰でもそうすべき、またはさっさと前言撤回すべき状況です)

問題意識は引き続き、不動産登記にあります。相続登記をしていない隣接地の所有者など、登記上の名義人として現れてくるが追跡が困難な人の調査に電話帳を活用し、その方法をまとめてコンテンツにしよう、というのがこの連休の自由研究なのです。

ちょうど登記のご依頼が一件、どこか他事務所に行っちゃったことですし、時間はあります(笑)

この自由研究の前提として、おおざっぱな時期を区切って「ある自治体内の世帯数と、対応する電話帳に収録されている個人名の件数の比率とその変遷」を知っておく必要がある…と考えたのです。

で、冒頭の発言に至った、と。

西米良村を調査対象にしたのは、林業が主産業だった集落で大正以降、市町村合併を経験しておらず人口もあまり多くなく村域の一部が別の市外局番をもらってるようなこともない、で、僕も一度は行ったことがある…そうしたとっても適当な判断によります。特に選定の必然性はありませんので、たまたまこのブログを見てしまった同村ご関係者の方がいるならご安心ください。

で、客観的には当事務所になんの関係もない村の電話帳を昭和44年から平成28年まで6通りもコピってきた僕が何をしようとしているか、をまず補助者さまにはご納得いただかねばなりません。

以下、彼女への説明の要約。

  • 我々が普段目にする「不動産の登記名義人」は、過去の一時点における住所と氏名の組み合わせで表示されています。
  • しかしながら、たとえば確定測量への立会要請でも仮登記の抹消でもいいのですが疎遠な他人として現れてきた登記名義人に連絡を取りたいと思っても、前項で読み取った住所から転居したあと5年経てば住民票は請求できません。調査者がヘタレだと比較的簡単に調査不能になります。
  • この点、実務上の対応としてはNTTの電話番号案内に聞いてみろ、などという記載が散見されますが、振り込め詐欺対策として電話帳や番号案内の不記載が推奨されている昨今、これに期待するのは野暮というものです。まして戦前から共有林の名義人だったり農地改革で土地もらった人間がまだ生きていてそいつが電話番号の案内を希望しつづけて健在だ、なんて間抜けな妄想誰がする、と言わねばなりません。
  • だったらあとは現地を訪問して古老だの精通者だのに聞いてみろ…ってそんなヒマ誰があるもんかよ民間人に(失笑)、とここでは言っていいでしょう。もちろん行政事業の執行のためにそうされる営みには敬意を表しますが、この経路でハッピーエンドにたどり着くことは今後どんどん難しくなります。事情を知ってるひとがこの世からいなくなっていくわけですから。
  • そうした状況下で我々が手に入れられる「過去の電話帳」は、調査したい自治体内の多くの世帯をカバーする公開データベースにならないか、なるとしたらどう使えばいいかを考えたいのです。
  • あなたと一緒に。

以上。当然ながら納得は得られませんでした(笑)

これで諦めたら本職の沽券にかかわる、ということでおやつの時間の話題は引き続きこれ、です。試しに昭和55年の「あ」の欄に載っている人の行方を追ってみます。

  1. Aさんは、30年健在。ずっと同じ名前が載っています。
  2. Bさんは、次の10年で相続発生の模様。同じ電話番号で同じ名字、ただし違う名前の人がその電話番号を使っていることが読み取れたから。
  3. Cさんの事情はもう少し複雑。同じ電話番号で違う住所、異姓異名のDさんが10年後にその電話を使っています。
  4. ではそのDさんがどういう経緯でその電話番号を使うことになったか?これは電話帳をさらに精密に検索すれば、たぶんわかります。各年の電話帳を追っていって、Cさんの名前が消えた翌年に同じ電話番号でDさんが使用開始していればなんらかの名義変更手続きを経てDさんに加入権が承継されたと推定すればよく(つまり、CさんとDさんには関係がある)、数年間その電話番号が使われずにDさんが使用開始したなら両者は無関係で単に空き番号が割り当てられた可能性が高まります。

少なくともBさんのように、もともと探したかった人が死亡してしまって順当に相続が発生したような事例なら、複数年の電話帳を用いることで死亡者からその相続人の1人を追跡できるのではないか、さらには電話番号のつながりを調べることで、名字や住所が違っていても関連は追えるぞ、と騒いでいるうちに。

普段は1時間弱の休憩時間が、1時間半経っていたことに気づきました(^_^;)


さて、今日からしばらくのあいだ、上記の調子でごくごく一部の人には有用かもしれない、残りの圧倒的大部分の閲覧者の皆さまには本当に無用な調査と情報の掲載を続けます。あらかじめ謝っておいたほうがいい気分が自分でもしますよ(苦笑)

これは例によってニッチなコンテンツに育ててちょっとしたご依頼に結びつけることを狙っているだけですので、ゴールデンウィーク明けには平常の記事に戻します。旅や訴訟やPCの修理がお好きな方には、またそのころ当ブログにお越しください。

記載を忘れるところでした。昭和55年の国勢調査によれば同村の世帯数は800超、同年の電話帳に記載の個人名は(本職が数えたところ)700超、控えめに見てもこの時点で8割超の世帯は電話帳でカバーされている、ということになっています。

時速22kmでの巡航

旧街道の町並みが見えるところまでやってきました。昨日の昼下がりです。

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今月の出張はすでに終わっています。戸籍の収集で豊明市に行く途中なのです。

…自転車で。

僕の事務所は名古屋市の南東部、緑区にあります。緑区のなかでは北西部にあり南区・天白区の境に近いところに立地しています。で、豊明市は緑区の東隣にありまして。

簡単にいうと緑区を丸ごと突っ切って南東にいけば豊明市役所、そういう位置関係です。距離が短い9km弱のルートより、起伏の少ない遠回りなルートを採ったら途中で有松の重要伝統的建造物群保存地区を通ることになった、ということです。こちらのルートは、11km弱。

お天気はいいし暑くも寒くもないし仕事はあまりないし(笑)ということで絶好のポタリング日和です。念のため事務所のルータとVPN接続を確立し、かかってくる電話は持ち歩いているスマートフォンで受けられるようにもしてあります。こちらのほうも良好に動作しています。晩ご飯の買い物に寄ったスーパーで、裁判事務のお客さまから電話がかかってきました。

問題があるようなないような気がしたのは、所要時間です。

自動車で行けばだいたい30分かかるこの区間、自転車では38分となりました。

重伝建地区内ではことさらにゆっくり走ったり写真を撮ったりしてこの時間なので、もう少しまじめに走れば35分を割っていたはずです。電動アシスト自転車は時速24kmまでアシストがかかるので、時速20km台の前半で流して走ればアシスト機構が走行抵抗になることはありません。

往復20kmを超える中距離移動でも電動アシスト自転車は案外実用的かもしれません。そこら中で渋滞する夕方なら、自転車のほうが早いかも(笑)

時折使う自車での運転速度の遅さはさておいて、そう考えてみます。

まだ筋肉痛が出ていない今日は、熱田の法務局へ行ってみました。

南区を北西に突っ切って行くこちらは、移動距離5km弱。自動車では20分ちょっとかかるはずのこの区間は、30分で走っています。水道工事中で段差が多かったり交通量が多すぎて歩道を走ることになる区間が多いと、表定速度は一気に下がってしまいます。

いい裏道を探せば、もう少し早く法務局に行けるようになるのかもしれません。そうまでして行きたい場所かどうかはさておいて。

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